松平信賢
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藩主時代の主な動き[2]
先代・松平信友の娘婿となり、天保7年(1836年)5月14日に養父が隠居したため跡を継いだ。天保の大飢饉で藩財政に苦しんだ。
藩主になった天保7年(1836年)、駿府周辺では飢饉が発生した[1]。
『大里村誌 下巻(三)』に小島藩浜方(中島村、下島村、西島村、西脇村、池田村)周辺の、当時の状況を知ることができる日記の転記が掲載されている。資料には具体的な村名は記載されていない。日記の内容は、ニ、三年前からの凶作により天保7年(1836年)に次第に食べるものが少なくなる状況が記されている。山間部に居住する者の被害が大きかったという。