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森重真人

日本のサッカー選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

森重 真人(もりしげ まさと、1987年5月21日 - )は、広島県広島市安佐北区出身のプロサッカー選手[6][7]。Jリーグ・FC東京所属。ポジションはミッドフィールダー(ディフェンシブハーフ)[4]、ディフェンダー(センターバック)[8]。元日本代表。

愛称 モリゲ[1][2]、おでんくん
カタカナ モリシゲ マサト
ラテン文字 MORISHIGE Masato
国籍 日本の旗 日本
概要 森重 真人, 名前 ...
森重 真人
名前
愛称 モリゲ[1][2]、おでんくん
カタカナ モリシゲ マサト
ラテン文字 MORISHIGE Masato
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-05-21) 1987年5月21日(39歳)
出身地 広島県広島市安佐北区[3]
身長 183cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 FC東京
ポジション MF(DH)[4]
DF(CB)[4]
背番号 3
利き足 右足[4][2]
ユース
1998-1999 広島高陽フットボールクラブ(広島市立口田小学校)
2000-2002 サンフレッチェ広島ジュニアユース(広島市立口田中学校)
2003-2005 広島県立広島皆実高等学校
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2006-2009 大分トリニータ 73 (5)
2010- FC東京 480 (37)
代表歴2
2004  日本 U-17
2005-2007  日本 U-18/19/20 3 (0)
2008  日本 U-23 3 (0)
2013-2017[5] 日本の旗 日本 41 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月12日現在。
2. 2017年3月28日現在。
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経歴

プロ入り前

広島市西区三篠町生まれ[9]。3人兄弟の次男[10][11]。兄の影響により、8歳(小学校3年生)の時にサッカーを始める[12][1][2]。当時は肩まで伸びた長髪をなびかせて周囲の目を引き、「三篠のロン毛」と呼ばれた[10][13]。三篠小学校4年の時、同市安佐北区口田に引越す[9]。隣家は渡大生の実家だった[9]。少年サッカーの強豪広島高陽FCに所属し全国大会に出場した[10]。中学時にはサンフレッチェ広島ジュニアユースに所属。同期には槙野智章、左山晋平らがおり、当初はFWで[14]槙野と2トップを組んでいたが[12][15]、3年生になる頃[16]、監督の月岡利明と上野展裕によって守備的MF(ボランチ)にコンバートされ主力として活躍した[17]。上野曰く「読みがいいし、組み立てるのも上手(なので守備的MFの方が向いている)」「前 (FW) をやるにはちょっとスピードが足らない」という見方がコンバートの理由だったという[18]。

しかし、ユース[注 1]の昇格を逃す[6][20]。昇格に漏れた経緯を今でも詳しく思い出せない程のショックを受けたが、上野監督から「サンフレッチェにスカウトしてもらえるようにがんばれ」と言葉を添えられ[20]、また高校からの方がプロ入りに近付けると前向きに考え[15][21]、広島皆実高校に進学。1年生の頃から守備的MFとして試合経験を重ね、2年生以降は中心選手として活躍し、U-17日本代表に選出された[20]。高校の2年先輩には吉弘充志がいる。

大分トリニータ

世代を代表するボランチとして成長したが広島からプロ入りの声は掛からず[20]、大分でスカウトを担当していた片野坂知宏の目に留まりオファーを受け、2006年に大分トリニータへ入団。森重は片野坂を「プロへの道を切り開いてくれた恩人」と語る[22]。ボランチの選手としてプロ入りしたが[4]、大分の監督だったシャムスカは森重をセンターバック(CB)として起用[23]。フィジカルと空中戦の強さはチームメートの梅崎司からも高く評価されていた[24]。

2007年シーズン後半より大分でのスターティングメンバーに抜擢され、最終節の対アルビレックス新潟戦ではプロ初得点を挙げた。

2008年からは退団した三木隆司に代わって、3バックの中央で定位置を確保すると[14][15]MFとして養った守備の判断力と攻撃のセンスを発揮し、急成長[6]。このポジションについて本人は「試合の流れを見て、読んで、相手のボールを奪う。先読みしてコースに入ってインターセプトしたり…というのが、自分に備わっている(ため合っている)」と語っている[25]。大分のナピスコカップ優勝にも貢献した。リーグ戦最小失点となる堅守を築いた一方でラフプレーが多く、リーグ戦では11枚ものイエローカードを受けており[26]、カードの多さについては本人も課題に挙げていた[27]。

FC東京

2009年のシーズン終了後チームのJ2降格や深刻な経営難が表面化したため移籍を決意。川崎フロンターレや浦和レッズとの競合の末[28][29]2010年からFC東京に移籍することが発表された[8]。

2010年のFC東京では、主に4バックの右CBに入り今野泰幸とコンビを組んでいたが、新人のキム・ヨングンのCB起用が増えるのに併せて層の薄いボランチに配される機会も多かった。ボランチでのプレーについて、加入当初の監督の城福浩は中盤の選手としての運動量[30]、途中から監督に就任した大熊清は90分通してのアグレッシブさを課題に挙げており[31]、必ずしもベストな選択ではないことをうかがわせていたが、湘南監督の反町康治からは「ボールを動かす力があるし、ドリブルでひとつ持ち運ぶことができる。」[32]、LDUキト監督のエドガルド・バウサから「ディフェンスをしながら攻撃にも参加するという二重の役割をよくこなしていた。」[33] と、敵将から高く評価されることがしばしばあった。東京でもセットプレーなどでのターゲットになることが多く、FC東京での初得点はショートコーナーからのクロスを合わせたヘディングによるものだった。

2011年からは、大熊より「遊びで蹴っているのを見たら明らかに(チームで)一番うまい[34]」とフリーキックのキッカーに指名され[35]、ターゲット役と併行して務め、直接FKでの得点も挙げた。また前年のプレーを自省し[36] 地道なステップワークの練習を重ねるなど[37] ラフプレーの改善に取り組み[38]、出場停止を1試合にとどめ[39] チームでの公式戦最多出場を記録した[40]。ラフプレーの減少については、小学校時代に所属していた高陽FCの代表から「あんなプレーするな。子どもに胸張ってあれが先輩だとよう言えん」と諭されたことが転換点だという[41][42]。

2012年は今野の退団もあり、DFリーダーとして最終ラインを統率[43]。前年に続いて公式戦チーム最多出場[44]。

2013年より監督のランコ・ポポヴィッチに指名され、主将を務めた[45][46]。心身両面に安定感を身に付けて[47][48]大分在籍時から続いた守備の粗さを克服[49]。初のベストイレブンに選出。

2014年は、世界仕様に近付くために激しさ[50] と緻密さを磨き[51]、DF勢で最多得票を集め[52] 2年連続でのベストイレブンに選出。2015年はプレースキッカー太田宏介とのホットラインもあり[53] J1での自己最多得点を記録。昨年に続き、DF勢で最多得票を集めたうえで、3年連続でのベストイレブンに選出。

2016年もキャプテンとして安定したプレーを行った。ACLではセンターバックながら1試合2ゴールも記録。4年連続でのベストイレブンを受賞した。

2017年は第2節・大宮アルディージャ戦で2017年シーズンのチーム初得点となるミドルシュートを決めて勝利に貢献した。しかし、7月2日のセレッソ大阪戦で負傷。左腓骨筋腱脱臼で全治4か月と発表された[54]。

2018年からはキャプテンの座を譲ったが、長谷川健太が監督に就任したチームの要として活躍した。

2019年には自身初となるリーグ戦全試合出場を達成した[55]。2020年は橋本拳人の移籍で空いたアンカーのポジションでも起用された[56]。

2025年、6月14日のセレッソ大阪戦で史上11人目となるJ1通算500試合出場を達成した[57][58]。

日本代表

2006年10月にはAFCユース選手権2006日本代表に選出され、グループリーグ第2戦の対タジキスタン戦で梅崎司からパスを受け豪快なミドルシュートを決めるなどの活躍により、日本の準優勝に貢献。

2008年2月には飛び級で[23]U-23日本代表に選出。トゥーロン国際大会でアピールに成功し[59]、同年開催の北京オリンピックメンバーにも選出され、グループリーグ全3試合に出場。アメリカ戦で決定機を逸するなど[60][61]結果を残すことはできなかったが、日本サッカー協会アドバイザーのイビチャ・オシムは、守備面での能力(身体能力、精神力、ユーティリティー性[注 2])を高評価していた[61]。9月29日に森島康仁と共にA代表に選出[62]。監督の岡田武史からは「球出しのセンスがあり、ボール際もかなり戦える」と評された[63]。

2013年、7月には東アジアカップ2013の日本代表に選出され、2009年1月以来約4年半ぶりに[48][21]A代表復帰。同月21日の中国戦で国際Aマッチ初出場を果たした[21]。韓国戦では跳躍力を活かした[64] 空中戦やビルドアップで[65] 出色の活躍により[66] 日本の同大会初優勝に貢献し監督のアルベルト・ザッケローニからの評価[注 3] を高めた[67]。

2014年6月開催のW杯ブラジル大会の日本代表メンバーに選出された[41]。硬直化していた守備陣の中で[68] 力強さと配球力を発揮して[69] 主力を脅かす存在となり[70][67]、本大会第1戦コートジボワール戦ではフル出場。しかし懸命に体を張った守備も及ばず[71][72] 逆転負けを喫した。第2戦・第3戦は出場機会が無く、グループリーグ敗退に終わった。

2015年、同年8月の東アジアカップでは、日本代表の主将を務めた[73]。

所属クラブ

個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006大分15J120000020
20072013021252
200862837100354
20092312000251
2010FC東京33038150434
2011J2376-63439
2012J13324010382
20133315020401
20143313021382
20153274010377
20163240010335
20171714100211
20183020030332
20193424000382
202028130-311
20213546000414
20222823020332
20232905100341
20242303121282
20252311010251
2026J1特別30--30
2026/27J1
通算日本J1 5133665522360044
日本J1特別 30--30
日本J2 376-63439
総通算 5534265528664653
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その他の公式戦
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国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2012FC東京370
201672
202060
通算AFC 202
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その他の国際公式戦
出場歴

タイトル

チーム

大分トリニータ
FC東京

代表

日本代表

個人

  • Jリーグベストイレブン:5回(2013年、2014年、2015年、2016年、2019年)
  • Jリーグ優秀選手賞:8回(2008年、2013年、2014年、2015年、2016年、2018年、2019年、2020年)

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 41試合 2得点 (2013年 - 2017年)[5]
さらに見る 日本代表, 国際Aマッチ ...
日本代表国際Aマッチ
年出場得点
201360
2014111
2015121
2016100
201720
通算 412
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出場

さらに見る No., 開催日 ...
No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2013年7月21日大韓民国の旗 ソウルソウルワールドカップ競技場中華人民共和国の旗 中国△3-3アルベルト・ザッケローニEAFF東アジアカップ2013
2. 2013年7月28日ソウルオリンピック主競技場大韓民国の旗 韓国○2-1
3. 2013年9月6日日本の旗 大阪長居陸上競技場グアテマラの旗 グアテマラ○3-0キリンチャレンジカップ2013
4. 2013年9月10日日本の旗 横浜日産スタジアムガーナの旗 ガーナ○3-1
5. 2013年10月15日ベラルーシの旗 ジョジナトルペド・スタジアムベラルーシの旗 ベラルーシ●0-1国際親善試合
6. 2013年11月19日ベルギーの旗 ブリュッセルボードゥアン国王競技場ベルギーの旗 ベルギー○3-2
7. 2014年3月5日日本の旗 新宿国立霞ヶ丘競技場陸上競技場ニュージーランドの旗 ニュージーランド○4-2キリンチャレンジカップ2014
8. 2014年5月27日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002キプロスの旗 キプロス○1-0
9. 2014年6月2日アメリカ合衆国の旗 タンパレイモンド・ジェームス・スタジアムコスタリカの旗 コスタリカ○3-1国際親善試合
10. 2014年6月6日ザンビアの旗 ザンビア○4-3
11. 2014年6月14日ブラジルの旗 レシフェアレナ・ペルナンブーココートジボワールの旗 コートジボワール●1-22014 FIFAワールドカップ
12. 2014年9月5日日本の旗 札幌札幌ドームウルグアイの旗 ウルグアイ●0-2ハビエル・アギーレキリンチャレンジカップ2014
13. 2014年9月9日日本の旗 横浜日産スタジアムベネズエラの旗 ベネズエラ○3-0
14. 2014年10月10日日本の旗 新潟デンカビックスワンスタジアムジャマイカの旗 ジャマイカ○1-0
15. 2014年10月14日シンガポールの旗 カランシンガポール・ナショナルスタジアムブラジルの旗 ブラジル●0-4国際親善試合
16. 2014年11月14日日本の旗 豊田豊田スタジアムホンジュラスの旗 ホンジュラス○6-0キリンチャレンジカップ2014
17. 2014年11月18日日本の旗 大阪ヤンマースタジアム長居オーストラリアの旗 オーストラリア○2-1
18. 2015年1月12日オーストラリアの旗 ニューカッスルニューカッスル国際スポーツセンターパレスチナの旗 パレスチナ○4-0AFCアジアカップ2015
19. 2015年1月16日オーストラリアの旗 ブリスベンブリスベン・スタジアムイラクの旗 イラク○1-0
20. 2015年1月20日オーストラリアの旗 メルボルンメルボルン・レクタンギュラー・スタジアムヨルダンの旗 ヨルダン○2-0
21. 2015年1月23日オーストラリアの旗 シドニースタジアム・オーストラリアアラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦●1-1(PK4-5)
22. 2015年3月31日日本の旗 調布味の素スタジアムウズベキスタンの旗 ウズベキスタン○5-1ハリルホジッチJALチャレンジカップ2015
23. 2015年8月2日中華人民共和国の旗 武漢武漢体育中心朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮●1-2EAFF東アジアカップ2015
24. 2015年8月5日大韓民国の旗 韓国△1-1
25. 2015年8月9日中華人民共和国の旗 中国△1-1
26. 2015年9月3日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002カンボジアの旗 カンボジア○3-02018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ2019・2次予選
27. 2015年9月8日イランの旗 テヘランアザディ・スタジアムアフガニスタン・イスラム共和国の旗 アフガニスタン○6-0
28. 2015年10月13日イランの旗 イラン△1-1国際親善試合
29. 2015年11月12日シンガポールの旗 ランシンガポール・ナショナルスタジアムシンガポールの旗 シンガポール○3-02018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ2019・2次予選
30. 2016年3月24日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002アフガニスタン・イスラム共和国の旗 アフガニスタン○5-0
31. 2016年3月29日シリアの旗 シリア○5-0
32. 2016年6月3日日本の旗 豊田豊田スタジアムブルガリアの旗 ブルガリア○7-2キリンカップサッカー2016
33. 2016年6月7日日本の旗 吹田市立吹田サッカースタジアムボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ●1-2
34. 2016年9月1日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002アラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦●1-22018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
35. 2016年9月6日タイ王国の旗 バンコクラジャマンガラ競技場タイ王国の旗 タイ○2-0
36. 2016年10月6日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002イラクの旗 イラク○2-1
37. 2016年10月11日オーストラリアの旗 メルボルンドックランズ・スタジアムオーストラリアの旗 オーストラリア△1-1
38. 2016年11月11日日本の旗 鹿嶋茨城県立カシマサッカースタジアムオマーンの旗 オマーン○4-0キリンチャレンジカップ2016
39. 2016年11月15日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002サウジアラビアの旗 サウジアラビア○2-12018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
40. 2017年3月23日アラブ首長国連邦の旗 アル・アインハッザーア・ビン・ザーイド・スタジアムアラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦○2-0
41. 2017年3月28日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002タイ王国の旗 タイ○4-0
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ゴール

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出演

関連書籍

  • 2011年3月『高校サッカー聖地物語 僕らが熱くなれる場所』(講談社、安藤隆人) ISBN 4062167034

関連項目

脚注

外部リンク

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