桂文治 (11代目)

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本名岡方おかがた 靖治やすはる
生年月日 (1967-08-25) 1967年8月25日(58歳)
十一代目 かつら ぶん
十一代目 桂(かつら) 文(ぶん)治(じ)
結三柏は、桂文治一門の定紋である。
本名 岡方おかがた 靖治やすはる
生年月日 (1967-08-25) 1967年8月25日(58歳)
出身地 日本の旗 日本大分県宇佐郡院内町(現・宇佐市
師匠 十代目桂文治
弟子 桂鷹治
桂空治
名跡 1. 桂がた治
(1986年 - 1990年)
2. 二代桂平治
(1990年 - 2012年)
3. 十一代目桂文治
(2012年 - )
出囃子 武蔵名物
活動期間 1986年 -
配偶者
所属 落語芸術協会

十一代目 桂 文治(かつら ぶんじ、1967年8月25日 - )は、落語家。東西に存在する桂派の宗家の名跡「桂文治」の当代。落語芸術協会理事。出囃子は『武蔵名物』。大分県立四日市高等学校卒業。静岡文化芸術大学非常勤講師、京都芸術大学客員教授。

人物

  • NHK教育テレビ趣味悠々・落語をもっと楽しもう』で落語を指導した。
  • 2007年11月よりクレハ『NEWクレラップ』のCMに出演。
  • 病床にあった柳亭痴楽の次男を、痴楽に代わって2005年より内弟子に預かり「桂ち太郎」の名で前座修行させていたが、寝坊癖を理由に2008年に破門し、痴楽の元に戻した。これに伴い、ち太郎は柳亭ち太郎に改名した。そして痴楽の歿後、二ツ目昇進と共に3代目柳亭小痴楽を襲名し、同時に痴楽の弟弟子にあたる柳亭楽輔門下に移籍したが、現在も関係は良好である。
  • 預かるにあたって高座名を痴楽の前座名でもある"柳亭痴太郎"ではなく"桂太郎"としたのは、小痴楽いわく先代の痴太郎である痴楽と先々代が共に若くして病に倒れているため、平治(当時)より「痴太郎は縁起が悪いのでち太郎」かつ「自分の最初の弟子であるので預かりとはいえ桂を名乗らせる」という条件を提示し飲ませたもの[3]
  • ち太郎の破門に際し、他の江戸噺家の例に倣い、別の真打の門下へ移籍させる(この時手を上げたのが桂歌丸三遊亭小遊三であった)という道があったが、ち太郎自身は「格上の師匠へ移籍したら師匠・平治の顔を潰す」ということで廃業を決意していた。しかし、小遊三や平治の説得・話し合いの末、「預かりを解く」という名目で破門→父である痴楽門下へ移籍という形をとった。なお痴楽は戻ったち太郎に対し「平治と言っていることが違ったら、その時は平治の言っていたことの方を信じろ」と伝えたという[4]
  • 落語立川流立川志らく門下の二ツ目・立川志ら門は、当初桂米助に入門志願するが断られ、米助に文治を紹介される。前座名のしゃも治は米助の名物番組が由来。しかし、師匠に内緒で行った早朝野球で右膝を骨折し、師匠から自宅謹慎処分を命じられる。足も治りようやく歩けるようになった矢先、パチンコ屋に入って同じく師匠の文治もそのパチンコ屋に居合わせて破門される。それでもまだ落語をやりたいという気持ちから志らく門下に移籍した[5](志らくが命名した志ら門の高座名は破門経験があるという意味から付けたもの)。ただし、志ら門の二ツ目昇進時には文治も呼んで新旧師匠2人で昇進披露落語会を行った[5]。先述の小痴楽と同様、志ら門とも破門後も関係は良好である。
  • 十一代目文治襲名にあたり、所属する芸協と十代目遺族の他、九代目遺族、九代目の養子である十代目翁家さん馬の未亡人、九代目の弟子だった桂才賀、加えて落語協会上方落語協会の了解も取り付けている。これは「文治」の名跡が江戸桂派の止め名であるだけでなく、東西の「桂」を亭号とするすべての落語家の宗家に当たるからである。
  • この経緯もあり、自身が主任を務める定席興行には、基本的に上方落語協会から日替わりで1名ゲストとして出演枠を設けている。東京を拠点にしている上方落語の噺家ではなく、大阪を拠点としている上方落語の噺家を招聘している。
  • 2018年12月に公開されたNHK1.5chの動画では春風亭昇也から「文治師匠は春風亭昇太一門の弟子を狙っている(但し春風亭柳太郎春風亭昇吾を除く)」[6] と言われたが、本人はTwitterで「僕は怒りません。心が広いですから。」[7] と返した。
  • 文治の男色疑惑をネタにしたまんじゅうこわいの改作「文治怖い」を弟子の空治が高座で演じている。
  • 師匠の十代目文治は東京出身であったが、自身は「USA出身」と言っている。これは宇佐市を単にローマ字表記し、ユーエスエーと発音しただけで、宇佐産業科学高校から贈られた大相撲の元小結・垣添の化粧廻しなどにも見られる、宇佐市民定番のネタとなっている。
  • 師匠の十代目文治と同じく、普段から着物で行動している[8]六代目神田伯山のYouTubeチャンネルで襲名披露興行の楽屋を取材した際は、高座に上がった全ての日で襦袢を変えており、今日の襦袢披露は視聴者からも人気のコーナーとなった。
  • 自身もプライベートを中心にYouTubeへの投稿を頻繁に行っている。
  • 趣味はカブトムシ飼育[8]
  • 入船亭扇治と二人会を開いている。
  • 京都芸術大学で講義を持つようになり、2023年に客員教授に就任。京都の風情に惹かれるようになり、同年9月にはベランダから五山送り火が見える上京区ワンルームマンションを借りて拠点としている[9]

出囃子

  1. どうぞ叶えて(1990年 - 1999年)
  2. いやとび(1999年 - 2012年)
  3. 武蔵名物(2012年 - )

受賞歴

著書

  • 落語のひみつ(大友浩との共著、2010年1月、芸術新聞社)「桂平治」名義。ISBN 978-4-87586-188-1

出演

テレビ

ラジオ

弟子

脚注

外部リンク

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