楠瀬直木

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カタカナ クスノセ ナオキ
ラテン文字 KUSUNOSE Naoki
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1964-04-17) 1964年4月17日(61歳)
楠瀬 直木
名前
カタカナ クスノセ ナオキ
ラテン文字 KUSUNOSE Naoki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1964-04-17) 1964年4月17日(61歳)
出身地 東京都
選手情報
ポジション DF
ユース
1980-1982 日本の旗 帝京高校
1983-1986 日本の旗 法政大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1987-1990 日本の旗 読売クラブ
1990-1993 日本の旗 本田技研工業狭山
1993-1995 日本の旗 本田技研工業
監督歴
2010-2011 日本の旗 東京ヴェルディユース
2012 日本の旗 FC町田ゼルビア (代行)
2013 日本の旗 FC町田ゼルビア (代行)
2015-2018  日本女子U-17
2019 日本の旗 日体大FIELDS横浜
2020 日本の旗 浦和レッズ・レディースユース
2021-2025 日本の旗 三菱重工浦和レッズレディース
2025- 日本の旗 日テレ・東京ベレーザ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

楠瀬 直木(くすのせ なおき、1964年4月17日 - )は、東京都出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは、ディフェンダーシンガーソングライター楠瀬誠志郎は実兄。日本サッカー協会公認S級ライセンス所持[1]

帝京高校では、1982年鹿児島県で行われた高校総体で全国優勝。法政大学を経て、1987年読売サッカークラブに入団し、1995年に本田技研工業サッカー部で現役生活を終える[2][3]

現役引退後は兵庫FC監督を経て、少年サッカースクールを栃木県小山市で開講。2003年からは長くVERDY S.S小山ジュニアユースで監督を務めた。2009年JFA公認S級コーチライセンスを取得[4]2010年から2年間東京ヴェルディユースの監督を務め、日本クラブユース選手権連覇を達成した[5]

2012年FC町田ゼルビアのアカデミーダイレクターに就任[6]JFL降格が決まったリーグ戦終了後の同年11月、オズワルド・アルディレスの監督退任に伴い、監督代行に就任[7]。1週間後、秋田豊の監督就任が決まるまで練習を指揮した[8][9]2013年6月、成績不振による秋田豊の監督解任に伴い、再び監督代行に就任[10]。シーズン終了まで指揮を執り、2014年からはアカデミーダイレクターに就任した[11]

2015年からU-17サッカー日本女子代表監督に就任[12][13]

2018年11月、JFA女性職員への不適切行為によりU-17サッカー日本女子代表監督を辞任[14]、またFC町田ゼルビアレディースのテクニカルアドバイザーも辞任した[15]

2019年、小嶺栄二監督の体調不良に伴い、シーズン途中から日体大FIELDS横浜の監督に就任[16]

2020年2月、浦和レッドダイヤモンズ・レディースユースの監督に就任[17]

2021年2月、同トップチームの監督に就任した[18]

2025年3月26日、クラブからシーズン途中での契約解除が発表された[19]。同年6月1日、日テレ・東京ヴェルディベレーザの監督に就任[20]

所属クラブ

指導歴

監督成績

脚注

関連項目

外部リンク

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