2003年に第2次ラウンド1指名を受けて入団した。
2007年には、前半にレギュラー遊撃手として抜擢されたが、夏になると打撃スランプに落ちいり守備さえも振るわず7月29日に1軍エントリーを抹消された[1]。これにより、レギュラー遊撃手の座を黄載鈞に渡した。
現代が解散すると、2008年からウリ・ヒーローズに所属した。
2009年から軍服務のため尚武に所属。2009年に除隊され復帰した。
ネクセン復帰後は主に内野のバックアップとして出場を続けた。
2013年4月28日に宋臣永、申在永を相手にしたトレードで朴正埈、李昌燮とともにNCダイノスに移籍した。
移籍後初戦のハンファ・イーグルス戦で3打数2安打、4打点と活躍した。トレード後にはチーム内野陣を安定させ、レギュラー二塁手として出場し続けたた[2] 。
しかし、前半に打率0.242、3本塁打、29打点を記録したが、7月から激しい打撃不振に陥り後半には打率0.176、6打点で大きく不振し、シーズン後半には李相浩にレギュラー二塁手の座を奪われた。
2014年は孫時憲の加入と朴珉宇の成長のためシーズンでは主に内野のバックアップ選手として起用され、8月5日のロッテジャイアンツ戦で孫時憲が姜珉鎬と衝突し膝の靭帯破裂の負傷で1軍登録を抹消されると仁川アジア競技大会による中断期間までレギュラー遊撃手として出場し続けた[3]。
2015年は自身最多の11本塁打を記録。だが2016年、2017年と打率2割台前半で、2018年以降は100試合未満の出場数に減少した。
2020年6月16日の起亜タイガース戦に代打で登場し、通算122番目の1100試合出場を達成した。さらに2021年5月12日には通算104番目の1200試合出場を達成した[4]。NC移籍後最少の28試合出場にとどまった2021年シーズン終了後に自由契約選手となった。
引退後は江陵嶺東大学校野球部の指導者となったが[5]、2023年よりNCにコーチとして復帰する。