浦里
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河川
歴史
町名の由来
名古屋市立浦里小学校の校名による[6]。「浦里」との名は、元名古屋市立鳴海小学校校長らが中心となって選定された[6]。当地は笠寺台地と鳴海丘陵の間に位置し、古くから「鳴海潟」と呼ばれていた[6]。「鳴海潟」との名がつくようにかつて当地は波の打ち寄せる海辺であり、この付近の様子がしばしば景勝地として和歌に登場した[6]。「なるみがた しほのみちひのたびごとに 道ふるかふる 浦の旅人」(宗良親王)などそれらの古歌には「浦」や「里」といった言葉が見られることからこの名が選定されたという[6]。
近代までの沿革

前述の通り古代当地周辺は海辺であったが、次第に鳴海潟は干潟となった[6]。後に新田が開発されるようになり、戦後まで当地一帯は水田地帯であった[6]。江戸時代初期には北部に東海道が整備された[6]。1967年(昭和42年)に県営団地が開発され、以降当地は中高層住宅が並ぶ都会となっている[6]。
当地は、元京都大学教授の法学者である雉本朗造が主導した「鳴海小作争議」ゆかりの地である[6]。雉本は鳴海小作争議を指導し、小作人の権利向上に貢献した[6]。この功績から当地には雉本の銅像が建てられている[6]。
行政区画の沿革
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[12]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[13]。なお、小・中学校は学校選択制度を導入しておらず、番毎で各学校に指定されている。
| 丁目 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 浦里一丁目 | 名古屋市立浦里小学校 | 名古屋市立千鳥丘中学校 | 尾張学区 |
| 浦里二丁目 | 名古屋市立片平小学校 名古屋市立浦里小学校 | ||
| 浦里三丁目 | 名古屋市立鳴海小学校 名古屋市立片平小学校 名古屋市立浦里小学校 | 名古屋市立鳴海中学校 名古屋市立千鳥丘中学校 | |
| 浦里四丁目 | 名古屋市立浦里小学校 | 名古屋市立千鳥丘中学校 | |
| 浦里五丁目 | 名古屋市立鳴海小学校 | 名古屋市立鳴海中学校 |
交通
施設
略地図
1
名古屋市立浦里小学校2
名古屋浦里郵便局3
名古屋市鳴海プール4
コジマ×ビックカメラ 鳴海店5
なるぱーく6
浦里公園7
浦里コミュニティセンター8
浦里荘9
名古屋市上下水道局鳴海水処理センター10
中部電力パワーグリッド鳴海変電所11
県営鳴海住宅12
南越公園13
片平保育園14
岡崎信用金庫鳴海支店15
鳴海西団地16
平安会館浦里斎場浦里一丁目
- 名古屋市立浦里小学校
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浦里二丁目
- 岡崎信用金庫鳴海支店
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- なるぱーく
- なるぱーく
浦里四丁目
- 名古屋浦里郵便局
- 中部電力パワーグリッド鳴海変電所
- 県営鳴海住宅
- 南越公園
浦里五丁目
- 名古屋市上下水道局鳴海水処理センター
