田中千絵
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堀越高校[2]、玉川大学出身。1998年『美少女H』(フジテレビ)でデビュー。1999年から2000年の「東京電話」CM『寺内貫太郎一家』の娘・静江役で体操着にて出演。
2005年に出演した香港映画『頭文字Ⅾ THE MOVIE』で周杰倫(ジェイ・チョウ)と共演し、中華圏で話題に。このとき、言葉の重要さが今後女優業を続けていくうえでとても大切な要素のひとつであると考えるようになり、2006年6月に一念発起、本格的に中国語を学ぶべく単身台湾へ留学[1]。2008年8月に公開され、台湾歴代映画興行ランキング1位になった台湾映画『海角七号 君想う、国境の南』では范逸臣と共に主演を務めた。2008年12月3日、台湾Yahoo!による世論調査「2008年台湾マン・オブ・ザ・イヤー」において陳水扁、王永慶に次ぐ3位となった[3]。
2012年、内閣府から「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」の一人に選ばれた[4]。
人物
日本の芸能界に身を置いた10年間は、自分には特徴がなかったと感じていた[5]。自分の実力で仕事をしたいという思いだけで、2006年、単身で台湾へ渡り、国立台湾師範大学で北京語を学ぶ。当初、「北京語を完璧にマスターすること」「そのために日本人の友人をつくらない」、この2つを自らに課していた[5]。
台湾に渡った後の1年以上、先が見えない生活を過ごすが、無名の田中に転機が訪れる。台湾生活の悩みをつづっていた田中のブログを見た映画監督・魏徳聖(ウェイ・ダーション)から、日本語と中国語が話せる主役をオファーされ、映画『海角七号 君想う、国境の南』のヒロインに抜擢される[1]。当時台湾映画界は、1998年以降の映画不況の真っただ中で10年間ヒット作がなく、この映画の撮影も資金難に遭遇し、2度撮影が中断した。しかし、田中は資金集めに協力し、スタッフと一緒になりスポンサーに頭を下げて歩いた[5]。その後、映画『海角七号 君想う、国境の南』が2008年に公開されると、台湾映画史上におけるNo.1の興行収入を達成する大ヒットを飛ばし[5]、台湾版アカデミー賞といわれる金馬奨において、10部門ノミネート6部門受賞する快挙を達成した[5]。
その後も、中国電影集団の会長で映画『レッドクリフ』のプロデューサーであるハン・サンピン(韩三平)が、2010年公開の映画『愛情36計』の主演に田中を指名する[5]など、台湾・中国の映画・ドラマに出演、活躍を続けている。