KOBAMETAL
From Wikipedia, the free encyclopedia
聖飢魔IIをきっかけに小学校6年生ころヘヴィメタルに関心を持った[4]。中学校ではブラスバンド部に属し、高校時代はロックバンドでギターを担当して全身まっ黒な衣装でメタルのような音楽を演奏。大学では政治経済を専攻しつつ、アルバイトで稼いだお金をバンド活動につぎ込んだ[5]。「SHRAPNEL RECORDS」などが発行した速弾き系曲を愛聴する[2][4]。
1996年前後にアミューズに入社。3日で辞めようと思ったが、テレビ番組の出演調整を任された後、音楽班(SIAM SHADEやCASCADEの広報宣伝)で2年勤務。社内インディーズレーベルを立ち上げて、ラウド系バンドの制作と宣伝を担う[2][6]。
2008年ころバラエティー班に異動し、第2マネジメント部第2制作室長となる。第2制作室の担当は、サンプラザ中野くんを含めたミュージシャン、役者、パティシエ(柿沢安那)、大学教授など12組だった[2]。農林水産省から受託したプロジェクトに向けて、アミューズはパティシエをモチーフにしたアイドル「ミニパティ」を結成。
2009年3月14日、中元すず香が所属していた「可憐Girl's」の解散コンサートに、ミニパティが出演[7]。これに同行していたKOBAMETALは、中元のパフォーマンスを見て新ユニット立ち上げを企図[8][9]。水野由結もこのコンサートを観覧していた[10]。
2010年、学校生活とクラブ活動をテーマにしたアイドルグループ「さくら学院」の部活動として「重音部」が始動。KOBAMETALは顧問となる。2011年2月、アミューズは同部で活動するユニットの名前を「BABYMETAL」と公表した[11]。
2017年3月、KOBAMETALがBABYMETALをプロデュースしたことに対して、デジタルメディア協会はAMD Award '16 優秀賞(Digital Contents of the Year’16 The AMD Award)を授与した[12]。
2022年6月、株式会社アミューズが、次世代のエンタテインメント創出を目的とした新会社「株式会社Kulture」およびWeb3・メタバース特化ファンド「KultureFUND」を設立し、KOBAMETALが株式会社Kultureの取締役に就任した[13]。
2025年4月、BABYMETALのワールドワイドな活動をさらにパワーアップさせるため、アメリカに活動拠点となる「BABYMETAL WORLD LLC」を設立し、KOBAMETALがCEOに就任した[14]。