知善院
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位置
北緯35度23分2.1秒 東経136度16分1.7秒 / 北緯35.383917度 東経136.267139度座標: 北緯35度23分2.1秒 東経136度16分1.7秒 / 北緯35.383917度 東経136.267139度
山号
宝生山
院号
知善院
| 知善院 | |
|---|---|
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| 所在地 | 滋賀県長浜市元浜町29-10 |
| 位置 | 北緯35度23分2.1秒 東経136度16分1.7秒 / 北緯35.383917度 東経136.267139度座標: 北緯35度23分2.1秒 東経136度16分1.7秒 / 北緯35.383917度 東経136.267139度 |
| 山号 | 宝生山 |
| 院号 | 知善院 |
| 宗派 | 天台真盛宗 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 正式名 | 宝生山 勝安寺 知善院 |
| 札所等 |
江州三十三観音19番 びわ湖百八霊場第43番 長浜六瓢箪めぐり |
| 文化財 | 十一面観音坐像(重要文化財) |
| 法人番号 | 3160005003921 |
知善院(ちぜんいん)は、滋賀県長浜市にある天台真盛宗の寺院。大津市坂本にある天台真盛宗総本山西教寺の末寺[1]。本尊は阿弥陀如来。
開創は不明。もとは小谷城下(現・滋賀県長浜市湖北町伊部)にあったが[2]、豊臣秀吉が長浜城の築城と城下町整備に際し、守護寺として城の鬼門の方向である現在地に移築した[3]。天正4年(1576年)10月14日、若くして亡くなった豊臣秀勝の仏供料として60石を賜る[4]。江戸時代には、城主内藤信成の庇護もあり栄えた。信成とその子信正の位牌を祀っている[4]。本堂に祀られている豊臣秀吉の木像は、大坂城落城の時に持ち出されたもので、曽呂利新左衛門の作と伝わる。江戸時代では密かに崇拝されていた[5]。片目が腫れているとのことで有名な地蔵が御堂にある。この地蔵は、現在と未来に眼病を患う人の身代わり地蔵と呼ばれている[5]。