石津佳晃
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大学時代
1年時と2年時は箱根駅伝予選会で敗退し、本戦に出場することは出来なかった。
3年時は予選会を5位で突破し、3年ぶりに本戦出場を決めた[1]。本戦の第96回箱根駅伝では9区を担当。10位とは7秒差の11位で襷を受け取り区間6位の走りを見せたが、10位を走る選手が区間2位で走ったため55秒差に広げられ、シード権が厳しくなってしまった。しかし、10区の嶋津雄大が区間新記録の快走で2校を抜き去り、総合9位で大学史上初のシード権を獲得した[2][3]。
4年時の第32回出雲駅伝の出場権を持っていたが、新型コロナウイルス感染拡大のため中止となり[4]、初出場はならなかった。
1月の第97回箱根駅伝では9区を任される。創価大学は大学史上初の往路優勝を成し遂げると[5][6]、復路でも勢いに乗り、トップで襷を受け取った。区間2位に1分06秒差をつける区間賞の走りで[7][8]、1分29秒差で追い掛ける駒澤大学の山野力との差を3分19秒差に広げ、優勝を決定づけたかに思われた。しかし、10区の残り約2kmの地点で駒澤大学の石川拓慎に逆転され初優勝は逃したが[9][10]、出場4回目で総合2位と躍進した。
大学卒業と同時に陸上競技から引退した。