神新汽船

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本社所在地 日本の旗 日本
105-6891
東京都港区海岸1-16-1
ニューピア竹芝サウスタワー5F
神新汽船株式会社
Shinshinkisen Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
105-6891
東京都港区海岸1-16-1
ニューピア竹芝サウスタワー5F
設立 1977年10月4日
業種 海運業
法人番号 7010401013147 ウィキデータを編集
代表者 代表取締役社長 奥田勝巳
資本金 8,000万円
従業員数 25名(令和5年7月1日現在)
主要株主 東海汽船株式会社
外部リンク https://shinshin-kisen.jp/
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下田営業所(2008年11月)

神新汽船株式会社(しんしんきせん)は、伊豆諸島貨客船を運航する日本海運会社。東海汽船が25%出資しており、連結子会社ではないものの、東海汽船本社(東京都港区)内に本社を置くなど関係が深い。

1977年(昭和52年)10月4日、東海汽船と神津島村新島村などの出資により資本金1,000万円[1]にて設立。翌1978年(昭和53年)3月1日、東海汽船の下田 - 伊豆諸島航路を引き継ぎ、東海汽船の貨客船「あじさい丸」にて運航開始。

開業から長らく静岡県下田港を起点に新島式根島神津島を周って下田港へ戻る航路で運航していたが、2002年(平成14年)10月3日からは利島にも寄港するようになった。これは、東海汽船のジェット船の利島への就航率が低く、大型客船の運航がない季節には寄港が困難になるなどの問題が生じたため、利島村からの要望に応じて実現したものである。

2014年(平成26年)の「フェリーあぜりあ」就航により自動車の輸送が可能となり、完全予約制で受け付けている[2]

各島の周り方は後述のとおり曜日によって異なる。毎週水曜は休航(盆・正月および欠航が続いた場合は臨時運航されることがある)。

各島の客扱・荷役は、東海汽船の代理店が行う。ドック入りの際は伊豆諸島開発の「くろしお丸」が代船として就航する。

航路

火・金・日は利島→新島→式根島→神津島の順に、月・木・土は神津島→式根島→新島→利島の順に寄港する。水曜日は休航(盆・正月および欠航が続いた場合は臨時運航されることがある)。また、気象条件により、抜港もしくは運休となる場合がある。

船舶

就航中の船舶

フェリーあぜりあ(2017年4月、下田港にて撮影)
2014年7月24日、東海汽船新船ブログにおいて、あぜりあ丸の老朽化に伴う後継船として発表された[3]。2014年12月18日就航予定であったが、天候不良により運休となったため、翌19日から就航した。建造は内海造船瀬戸田工場で行われており、伊豆諸島航路に就航する旅客船ではかめりあ丸以来となる。また、伊豆諸島航路に就航する船舶としては初めてかつ唯一のランプウェイを装備したカーフェリーで、日本では数少ないショアランプウェイによる車両輸送とデリッククレーンによるコンテナ輸送が出来るRO/LO船に分類される。例として十島村のフェリーとしま奄美海運マリックスラインマルエーフェリーの一部船舶が存在する。

過去に就航していた船舶

あぜりあ丸(2008年11月、下田港にて撮影)
1988年2月26日就航。あじさい丸の後継船として三菱重工業下関造船所で建造された。船客定員はあじさい丸の391名より減っており、船容も貨物船的ニュアンスが強くなった。1等船室では、現在ではほとんど見られなくなった花毛布を折るなど、古き伝統を残す船としてファンに知られた。老朽化により2014年11月18日引退。本船の運航終了から後継船のフェリーあぜりあが就航するまでの間は、伊豆諸島開発の「ゆり丸」が代船として運航された。なお、乗り場でもある神新汽船下田営業所近くに、あぜりあ丸のスクリュープロペラがモニュメントとして残されている。
1962年就航。1978年に神新汽船の設立に合わせて東海汽船から貸し出されて就航した。1988年2月9日、あぜりあ丸の就航により引退した。

営業所

脚注

外部リンク

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