長野県飯田市生まれ。國學院大学法学部を卒業。参議院議員福山哲郎事務所インターン、民進党神奈川県第7区総支部中谷一馬事務所スタッフ、衆議院議員中谷一馬私設秘書、株式会社千葉日報社記者などを務める[1]。
2024年10月27日執行の第50回衆議院議員総選挙に、立憲民主党公認で長野5区から重複立候補。選挙区では自由民主党前職の宮下一郎に敗れたが、比例区で復活当選を果たした[2]。
2026年、立憲民主党を離党し、同党が新たに結成した中道改革連合に参加。第51回衆議院議員総選挙で再び長野5区から出馬し、宮下と一騎打ちになるも、前回より票を減らして敗れ、比例復活もできず落選した[3]。