竪町 (金沢市)
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竪町 | |
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通称「タテマチストリート」 新竪町方向より撮影。 | |
| 北緯36度33分31.87秒 東経136度39分17.31秒 / 北緯36.5588528度 東経136.6548083度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口 | |
| • 合計 | 81人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
920-0997[2] |
| 市外局番 | 076 (金沢MA)[3] |
| ナンバープレート | 金沢 |
竪町の位置 | |
竪町(たてまち)は、石川県金沢市の町名。また、周辺を含めた地域名としても使われる。 「竪」の字が一般的でなく、また片町(かたまち)と隣接していることもあってか、しばしば「堅町」と表記されることがある[注釈 1]が、誤りである。
江戸~昭和戦前
古くは北国街道の片町から分岐し、犀川とほぼ平行に上流部へ通じる街道の入口の町である。元は犀川の河原であったが、1615年(元和2年)に河原を埋め立てて町が形成された。竪町の町名は、当時の金沢の町並みが南北に並んでいたのに対して、犀川に平行して道路が出来たこの地域が東西に連なり縦に並んでいることに由来する。また、古くは竪河原町(たてがわらまち)と呼ばれたものが省略されて竪町になったとされる。竪町の誕生時点からこの地域は商店街として形成され、周辺に暮す人々の生活必需品や武家の必需品を売る町屋通りとして発展した。
1871年(明治4年)に、亀沢町を合併して金沢市の地域となり、池田町2番丁・3番丁として発足。1889年(明治22年)に金沢市の町名として竪町が採用された。竪町では、1632年(寛永9年)に油酒屋三郎右衛門という灯油と酒を扱う店が開店したのが最初の店舗とされている。
戦後
戦後、街灯の設置や夜店の開催など買物客の集客の整備が進められ、1968年(昭和43年)以降、竪町通りにはユニー(旧ほていや)や長崎屋などが竪町に店舗を構えるようになり、片町商店街と並び商店街として位置づけられる。1966年(昭和41年)、住居表示制度の実施により、竪町の一部が片町一丁目となり現在に至る。
沿革
現在
国道157号の片町一丁目交差点(スクランブル交差点)から中央通の竪町交差点までの竪町通に200近くの店舗飲食店が軒を並べて「竪町商店街」を形成している。竪町通は幅4.5メートル、全長430メートルの通り[5]で通称『タテマチストリート』と呼ばれる。道幅は竪町が誕生してからはほとんど変わりがない。
特に、戦後に入ってからは若者のファッションの発信地として北陸地方だけでなく全国からも注目を集めるようになる。そのため、現在も多くの衣料店が営業を行っている。ただ、商店街の加盟店舗は、2018年時点で10年前と比較すると約30店舗も減少している[5]。2006年5月30日に竪町商店街は「がんばる商店街77選」に選ばれた[4]。
