笠置温泉

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笠置温泉(かさぎおんせん)はかつて京都府相楽郡笠置町にあった温泉

旧笠置館(2018年

戦前期には「大阪奥座敷」とも呼ばれ、笠置山とともに観光資源として多くの観光客を入れ込んでいた[1]が、2025年現在温泉施設は姿を消している。

炭酸飲料発祥の地としても知られる。

関西本線木津川橋梁からみた有市鉱泉源泉地付近。関西電力相楽発電所が建つ(この取水堰の建設が温泉に影響を与えたともいわれる[2])(2025年

初期に使われていた鉱泉。歴史は古く、江戸期にはすでに泉源が確認されており、「稲竈鉱泉」と呼ばれていた[3]

明治初期に明石博高[注 1]らによって本格的な調査が始まった。当時の源泉は市街地から東に離れた川沿い(関西本線木津川橋梁付近)にあったとされ、弱酸性の炭酸泉で、泉温は64(18)であった[4]

当時は主に飲泉されており、胃腸への効用などが盛んに喧伝されていた。1880年ごろに「山城炭酸水」として商品化されたものは日本初の炭酸飲料といわれ、宮内省の調度品にも用いられたと言われている[5][6][注 2]2020年には笠置町内で当時のラベルを用いて販売する復刻キャンペーンが行われた[7]

浴用としての活用は、鉄道の開通を機に1897年ごろに源泉近くに温泉旅館(のちの笠置館)が創業したことにはじまる[6][注 3]。当時は水運伊賀街道に代わり関西本線が主要幹線となり、また笠置山国指定名勝となったことも相まって多くの観光利用があり、笠置館を中心に複数の旅館が立ち並んでいた[2][9][注 4]

笠置館では当初川船で源泉を運んでいたが、1950年パイプラインが引かれた。しかし直後にジェーン台風伊勢湾台風の影響でパイプが破損し、給湯が困難となったため[3][注 5]笠置館では温泉の扱いをやめ料理旅館として営業、2010年頃に閉館した[9]

2026年現在も建物は解体されていない。

笠置大光天温泉

笠置中心部から東に外れた木津川北岸、有市附竹地区の国道163号(旧道)に面した場所に1962年ごろに開業[13][注 6]したホテル「笠置観光ホテル」の独自源泉。

1983年に開削[3][注 7]。泉質はアルカリ性ナトリウム炭酸水素塩泉で、泉温は22.7度[16]

ホテルの経営実態は不明だが、1990年ごろに廃業したのち、2019年に登記が抹消されて[17]以降も建物は解体されていない。関西でも有名な心霊スポットとして[注 8]無断立ち入り不審火が相次いでいる[13]

わかさぎ温泉

わかさぎ温泉
わかさぎ温泉笠置いこいの館空撮(2011年
温泉情報
所在地 京都府相楽郡笠置町笠置隅田24
交通 #交通参照
泉質 ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉
泉温(摂氏 32.5 °C
湧出量 32L/分
pH 7.7
液性の分類 弱アルカリ性
浸透圧の分類 低張性
温泉施設数 0
特記事項 2019年から休館。
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「わかさぎ温泉笠置いこいの館」は笠置の中心部、駅やや南にあった日帰り温泉施設

1997年の出資で新たに源泉(弱アルカリ性ナトリウム炭酸水素塩塩化物泉)を掘削し開業した。2000年にピークを迎えるもその後減少に転じ、何度か運営が移ったのち、2019年から長期休館中である[18][19][20][注 9]

地域住民からは再開を望む声も大きいといい、2022年発表の第4次笠置町総合計画においても町は再開を目指していると明記されている[22]。当初は大阪市の民間企業から職員派遣を受けての再建事業を計画していたが、この計画は2024年6月に断念された[23]

交通

明治後期の関西鉄道の時代には月ケ瀬梅林とともに観光の目玉として盛んに喧伝されていた[24]。行楽期には急行「かすが」など優等列車が笠置駅に停車したり、また1970年代には京都湊町から当駅までの臨時列車が運行されたこともあったりしたが[25]1973年の湊町 - 奈良間、および1988年木津 - 加茂間の電化完成に伴い大阪奈良方面からの直通定期列車は廃止[注 10][26][27]、「かすが」の運行と臨時停車も2006年に廃止された。直通列車の廃止が温泉街衰退の遠因とされることもある[13]

関連項目

脚注

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