第136師団 (日本軍)
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1945年(昭和20年)に入り、関東軍は南方へ兵力の過半数を引き抜かれていたが満洲居留邦人15万名、在郷軍人25万名を「根こそぎ動員」、さらに中国戦線から4個歩兵師団を戻してなんとか74万人の兵員を調達した。さらに以前関東軍特種演習により本土から輸送させた戦車200輌、航空機200機、火砲1000門も健在であった。
しかし兵員の半数以上は訓練不足、日ソ中立条約違反を想定していなかった関東軍首脳部の混乱、物質不足(砲弾は約1200発ほどで、航空部隊のほとんどが戦闘未経験者。また小銃が行き渡らない兵士だけでも10万名以上)のため事実上の戦力は30万名程度だったといわれている。
同年7月、第136師団は、「根こそぎ動員」の際に満洲で召集された邦人男子のみで編成された。7月31日に海城で編成が完結したが、充足率は約6割で火砲も定数の半分程度という状況であった。第3方面軍の直属として本渓で陣地構築を行った。同年8月9日のソ連対日参戦時には、奉天で陣地構築を行っていたが、戦いを交えることなく停戦した。