第62師団 (日本軍)
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1943年5月、独立混成第4旅団と独立混成第6旅団の一部により中華民国(現・中華人民共和国)山西省太原で編成された治安師団である。編成後、第1軍に属し山西省東部の警備に当たった。1944年(昭和19年)3月、大陸打通作戦の京漢作戦に参加した。
1944年8月、第62師団は沖縄に転用され第32軍に属した。1945年(昭和20年)4月のアメリカ軍沖縄上陸に際し、沖縄県中頭郡浦添村(現・浦添市)を中心に前田の戦い、嘉数の戦いなど激戦を続けたが、国吉の丘陵地帯における戦闘を経て同年6月22日、沖縄本島南端の島尻郡摩文仁村(現・糸満市)において師団長・中将藤岡武雄が自決し本師団は終焉した。翌23日には上官の第32軍司令官・大将牛島満も命を絶ち、沖縄に配属された第32軍隷下の全部隊が玉砕する。その後、帝國陸海軍は同年8月15日の終戦の大詔へと進むことになる。
→詳細は「沖縄戦 § 日米両軍司令官の戦死と自決」、および「牛島満 § 最期」を参照