聖教量
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仏教の説
仏教では、釈迦によって説かれた言葉を真理と認め、これを規範とし、伝承の正統性は既存の伝承と照合し、「法(Dhamma)」と「律(Vinaya)」に照らして判断するという「四大教法(cattāro mahāpadesā)」の立場がとられた。例外的に『カーラーマ経』 (Kalama Sutta) のように、対告衆によって「聖典の言葉だからといって信じない(mā piṭakasampadānena)」、「推論によって信じない(mā takkahetu)」等という聖教量と比量を認めないことを是認する教説も存在したが、基本的に釈迦の言葉を規範としていた。そのため、ニヤーヤ学派などとの討論のために整備された仏教の論理学も、聖教量を認めた三量説であった。
ところが、陳那が出るに及んで、正しい智であるかどうかは聖教量によって判定されるべきものではなく、自らが論証して判断すべきものであるとして、二量説を立てた。
しかしながら、陳那の系統が衰退したことと、密教などが発展したことなどにより、中国などではふたたび聖教量が認められるようになった。
脚注
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