船山貴之

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愛称 たかゆき、フナ、成田の漢
カタカナ フナヤマ タカユキ
ラテン文字 FUNAYAMA Takayuki
国籍 日本の旗 日本
船山 貴之
名前
愛称 たかゆき、フナ、成田の漢
カタカナ フナヤマ タカユキ
ラテン文字 FUNAYAMA Takayuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-05-06) 1987年5月6日(38歳)
出身地 千葉県成田市[1]
身長 170cm
体重 70kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
ユース
1997-1999 日本の旗 柏レイソルジュニア
2000-2002 日本の旗 柏レイソルJr.ユース
2003-2005 日本の旗 柏レイソルユース
2006-2009 日本の旗 流通経済大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010-2011 日本の旗 栃木SC 15 (0)
2011-2014 日本の旗 松本山雅FC 140 (47)
2015 日本の旗 川崎フロンターレ 21 (0)
2016-2021 日本の旗 ジェフユナイテッド千葉 227 (54)
2022 日本の旗 SC相模原 33 (4)
2023 日本の旗 ラインメール青森 28 (6)
通算 464 (111)
代表歴
2002-2004  日本 U-15/16/17
2005  日本 U-18
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

船山 貴之(ふなやま たかゆき、1987年5月6日 - )は、千葉県成田市出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)

元サッカー選手の船山祐二は実兄。

ユース時代

幼稚園在籍中より長兄の影響で次兄(祐二)と共にサッカーを始める[2]。小学校4年次で柏レイソルのジュニアチームに入団。この頃バスケットボールにも出会い、双方の競技を掛け持ちするようになった[2]。2000年にジュニアユースチームに昇格後もバスケットボールを続けたが、中学校2年次、双方の試合日程重複の結果バスケットボール側の試合出場を選んだ事に罪悪感を感じたのをきっかけに、「バスケットボールは趣味で」と決意した[2]。ジュニアユース時代は日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会で優勝を1度、ベスト4を2度経験した。2002年にはジュニアユースのチームメートであった柳澤隼らと共にU-15日本代表に選出された。ちなみに、女子マラソン選手の田中智美第一生命)とは成田市立成田小学校および成田市立成田中学校時代の同級生である。

2003年にユースチームに昇格。在籍中、ユースの各種大会では目立った実績を挙げることはなかったが、代表チーム・選抜チームでは実績を残している。2003年7月にU-16日本代表の一員として出場した第4回豊田国際ユースサッカー大会では優勝を経験、少年男子千葉県選抜チームの一員として出場した第60回国民体育大会においても優勝を経験した。高校3年次にはトップチームに2種登録選手として在籍したが、昇格はならず、2006年に流通経済大学に入学し同大サッカー部に入部した。

大学では2006年、2008年、2009年に関東大学サッカーリーグ1部優勝を経験した他、2007年には第31回総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントで優勝を経験した。

プロ契約後

2010年J2栃木SCに入団。

2011年8月、松本山雅FC期限付き移籍[3]。完全移籍した2012年からは3年連続で二桁得点を記録。特に2014年は19得点を挙げ、チームのJ1昇格の立役者となった。

2014年12月26日、川崎フロンターレへ完全移籍することが発表された[1]

2015年12月23日、ジェフユナイテッド市原・千葉へ完全移籍。加入後初戦の第21回ちばぎんカップではMVPを獲得。移籍1年目からリーグ戦全試合に出場するなど主力として活躍し、千葉3年目の2018年にはリーグ得点ランキング3位の19得点を記録した。2020年8月9日、J2第10節のFC町田ゼルビア戦で、史上46人目となるJ2通算300試合出場を達成[4]。また、千葉在籍6シーズン目の2021年10月24日には崔龍洙の持つクラブ歴代最多得点に並ぶ54ゴール目を記録した。

2021年12月4日、多くのサポーターに惜しまれながらも千葉との契約満了を発表した[5]

千葉では227試合に出場し、これは歴代7位となる記録である。

2021年12月30日、SC相模原へ加入することが発表された。

2022年11月8日、SC相模原との契約が満了[6]

2023年1月27日、ラインメール青森に移籍[7]するが、同年末で退団[8]。その後、12月31日に現役引退を発表[9]

引退後

2024年、兄の祐二が地元成田市で設立し、代表を務めるサッカースクール『FUNAJUKU』のコーチに就任した[10]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005Y10---1010
2006流経大-JFL198-198
200715134-00134
2008167-11178
20099121-11132
2010栃木20J2120-11131
201130--30
2011松本32JFL175-31206
2012J24012-004012
2013104111-104211
20144219-104319
2015川崎15J12106010280
2016千葉11J2425-31456
2017387-10397
20183919-003919
2019103512-103612
2020353--353
2021388-10398
2022相模原7J3334--334
2023青森10JFL286--286
通算日本J1 2106010280
日本J2 36596-9237498
日本J3 334--334
日本JFL 10531-5311034
日本 --1010
総通算 52413160165546136

その他の公式戦

タイトル

個人

脚注

関連項目

外部リンク

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