芭呂沢駅
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駅名の由来
大正年間から昭和初期にかけてはバロ沢上流の原木搬出・製炭などが盛んで、一時は引込み線も有していた。最盛期には百戸以上の入植者があって駅前に小さな街が形成されていたが、1932年(昭和7年)頃には取り尽くしたため各地へ離散し、僅かな農家だけとなった[4]。
- 1923年(大正12年)6月12日 - 北海道鉱業鉄道金山線の芭呂沢駅(ばろさわえき)として開業[5]。一般駅[2]。無人駅。
- 1924年(大正13年)3月3日 - 鉄道会社名を北海道鉄道(2代目)に改称、それに伴い同鉄道の駅となる。
- 1936年(昭和11年)5月19日届出 - 停留場に格下げ[2]。芭呂沢停留場となる。同時に貨物・荷物の取扱いを廃止か?
- 1943年(昭和18年)8月1日 - 戦時買収による国有化とともに廃駅となる[2][6]。
→「生鼈(ユㇰペッ)」の地名由来については「旭岡駅」を参照
現在の旭岡二区を指す地名「バロ沢」より[7]。1943年(昭和18年)11月15日施行の字名改正で当地の字が旭岡に集約される以前は小字名でもあった[7]。
当地にはアイヌ名で「ユㇰペッ」、和名で「生鼈沢(いくべつざわ)」と呼ばれる川が流れていたが、その河口にあったアイヌのコタン、ユㇰペッコタンに居住していたアイヌのリーダー、バロカトク(日本名:本田バロカトク)の名から、次第にバロ沢と呼ばれるようになったとされる[7]。
駅構造
駅周辺
利用状況
1923年(大正12年)6月-10月? の乗降者数:2,755人(1日当たり約18人)[9]