鵡川
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名称の由来
アイヌ語由来であるが、以下の諸説がある[2][3][4][5]。
現在の「鵡川」の表記は明治以降定着したもので、それ以前は「武川」「武加和」「六川」「牟川」「ム川」「ムカワ」などの表記があった[6]。
なお、上流の「占冠」の地名は本川に由来する説が有力視されている(当該項目を参照)。
| アイヌ語 | 意味 | 由来 | |
|---|---|---|---|
| カタカナ表記 |
ラテン翻字 | ||
| ムカ | 不明 | 水の湧く (水のにじみ出る) |
水上平原で、所々に水が湧き出で源水となったことから。 |
| ムㇰアㇷ゚ (ムカㇷ゚) |
muk-ap | ツルニンジンある所 | 浜近くの草原にツルニンジンがたくさんあったことから。 |
| ムカペッ | ?-pet | (上げ潮で運ばれた砂で口を)止められる川 | 上げ潮で砂で河口が塞がることから[7][8] |
| ムッカペッ | ?-pet | 塞がる川 | |
流域の自治体
主要ダム
支流
主な橋梁
- 第二大橋 - 北海道道136号夕張新得線
- 第一大橋 - 北海道道136号夕張新得線
- 緑橋
- 千歳橋 - 国道237号
- 青巌大橋 - 北海道道136号夕張新得線
- 赤岩大橋 - 北海道道136号夕張新得線
- 赤岩橋
- 紅葉橋 - 北海道道136号夕張新得線
- 楓橋 - 北海道道136号夕張新得線
- 福山大橋 - 国道274号
- 富内橋 - 北海道道610号占冠穂別線
- 穂別橋 - 北海道道74号穂別鵡川線
- 豊田橋
- 仁和大橋
- 栄和橋 - 北海道道59号平取厚真線
- 旭生橋
- 新春日大橋 - 北海道道983号米原田浦線
- 清流鵡川大橋 - 国道235号日高自動車道
- 鵡川橋 - 国道235号
- 鵡川橋梁 - JR日高本線
交通
明治40年代から昭和30年代にかけて、上流で伐採した丸太を河川を利用して中流域へ流す、木材流送が道内屈指の規模で盛んに行われていた。
1909年、穂別町(現むかわ町)から占冠村一帯の森林伐採が始まった。当時は、周辺に道路が存在しなかったため、上流で伐採した原木は川沿いに集積され、融雪期から秋期にかけて鵡川の水流を利用して当初は鵡川町まで、昭和5年からは[9]穂別中島地区の網場(木材を川から引き上げ、富内線の貨車へ積み替える拠点)へ向けて流された[10]。流送には、鉄砲堰やいかだ流し技術を有する越中(富山県)や東北地方からの技術者(季節労働者)が従事。技術者が穂別を訪れる春先、穂別を去る晩秋の頃には、穂別駅を利用する技術者のチッキ(荷物)が山のようになっていた。道内屈指の規模を有した鵡川の流送も、鵡川沿いの農地が拡大すると、橋梁や堤防を損壊することが問題視されはじめたこと、道路事情の改善されたことなどから1961年に幕を閉じた。往時の様子は、穂別地区の「むかわ町穂別流送まつり」として語り継がれている[11]。

