馬山高校時代は遊撃手で、元KTウィズの申命澈は1学年下の後輩。彼との連携はかなり呼吸が合っていたという。
2000年の入団後外野手に転向。3年連続規定打席に到達するなど、チームの主力選手として活躍。
2005年、ケガで入院中に兵役を不正に逃れようとした事実が発覚。翌年から2年間の兵役に就くことに。
除隊しチームに復帰したが金江珉の台頭で出場機会が減少した。
2008年5月4日に3対2のトレードで起亜タイガースへ移籍した[1]。
だが移籍後は2割を切るなど打撃不振に陥り、そのため打撃のうまい羅志完や辛鍾吉や李鍾煥らにポジションを奪われ代打での起用が多かった。
2011年は1軍出場がなく、この年限りで戦力外となり引退した。
2012年より、韓国プロ野球の新球団NCダイノスの打撃コーチに就任した。
2014年よりKTウィズのコーチとなった。
2019年よりNCのコーチに復帰した。