西鉄600形電車 (軌道)

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運用者 西日本鉄道
製造年 1950年 - 1953年
製造数 50両(601 - 650)
西鉄600形電車
649(左)、625(右)
(冷房化後、2000年撮影)
基本情報
運用者 西日本鉄道
製造所 新潟鐵工所川崎車輌近畿車輛
製造年 1950年 - 1953年
製造数 50両(601 - 650)
運用開始 1951年
運用終了 2000年11月26日
投入先 北九州線
主要諸元
編成 1両(単行運転)
軌間 1,435 mm
電気方式 直流600 V
架空電車線方式
車両定員 80人(着席36人)
車両重量 16.0 - 16.3 t
17.24 - 17.55 t(冷房化後)
全長 12,200 mm
全幅 2,400 mm
全高 4,030、4,100 mm
集電装置含)
車輪径 660 mm
動力伝達方式 吊り掛け駆動方式
主電動機 東洋電機製造 TDK-524-2C
主電動機出力 45 kw
歯車比 3.11(59:19)
出力 90 kw
定格速度 33.9 km/h
定格引張力 960 kg/h
制御方式 抵抗制御(直接制御方式)
制動装置 直通空気ブレーキ(SM3)
備考 主要数値は[1][2][3][4][5]に基づく。
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西鉄600形電車(にしてつ600がたでんしゃ)は、かつて西日本鉄道が所有していた路面電車路線である北九州線に在籍した電車1950年から1953年にかけて製造され、北九州線が廃止になった2000年まで使用された[2][3][4][5][6]

構造

北九州線開業時から在籍し、老朽化が進んでいた木製電車(1形・35形)の置き換え用[注釈 1]として導入された車両。新潟鐵工所川崎車輌近畿車輛の3社によって製造が行われた[3]

車体は単行運転に対応した両運転台式で、雨樋が屋根上に設置された張り上げ屋根を始めとする、66形電車で好評を博した新車体のデザインが引き続き採用された。乗降扉は両側面の車端部に2箇所設置され、車内の座席はロングシートであった。製造メーカーによって台車が異なり、新潟鐵工所(NT-S)と川崎車輌製(600)車両の台車はK-10系、近畿車輛製車両は軸箱支持機構にウイングばねを用いた住友金属工業製のFS-51形が使われた。主電動機は全車とも東洋電機製造製のTDK-524-2C形(45 kw)で、各台車の車体中央寄りの車軸を駆動した[8][3][5][9]

主要諸元

600形 主要諸元[4][5]
車両番号 601-605 606-610 611-635 636-643 644-650
製造年 1950 1952 1953
製造所 新潟鐵工所 川崎車輌 近畿車輛 新潟鐵工所 近畿車輛
重量 16.6t 16.6t 16.3t 16.6t 16.3t
台車 新潟 NT-S 川崎 600 住友 FS-51 新潟 NT-S 住友 FS-51
備考

改造

610(非冷房車)
616(非冷房車、前照灯・尾灯位置変更)

営業運転開始以降、600形は機器の交換、窓枠の変更など多岐にわたる改造・変更が実施された[3]

  • 集電装置の変更 - 登場当時の600形は集電装置にポールを使用していたが、1954年5月以降ビューゲルへと交換され、更に1958年5月からはパンタグラフとなり、以降は路線廃止までその状態が維持された[9]
  • 更新工事 - 1958年以降、全車に対して窓枠のアルミ製部品への交換、車内照明の蛍光灯化などの更新工事が施された[6][9]
  • ワンマン化改造 - 1970年5月から1971年7月にかけて全車に対してワンマン運転への対応工事が行われた。内容は前面方向幕の大型化、中央窓下部への通風孔の設置および窓枠のHゴム化、ワイパーの設置、乗降扉の自動ドアへの交換、車体右側への方向幕やスピーカーの設置、車内への放送装置やベル、自動両替機、整理券・乗換券発行器の搭載、電源用電動発電機(MG)や蓄電池の装備など多岐にわたった[3][6]
  • 冷房化に先立つ諸改造 - 1981年から1985年にかけて、大部分の車両に対して空調装置の搭載を前提とした改造が実施された。骨組の強化や側窓上部のHゴム化(バス窓化)に加え、後期に改造された車両については前照灯・尾灯のシールドビーム各2灯化および位置変更、正面窓幅や方向幕の拡大、床面の鋼板化、モケットの張替えなど大規模な工事が行われた。また後期に改造された車両は前面両側のシールドビームの間に新たに社章が取り付けられた。
  • 冷房化改造 - 1986年から1989年にかけて、下記の車両に対して空調装置が搭載され、屋根上に、冷却機ユニットと、冷媒圧縮機・専用電源MGを収容した機器箱が設置された[10]。同時に塗装が白地に朱色帯・青帯のデザインへと変更された[10]。これらの冷房化車両は全て近畿車輛製であり、台車の強度がその要因とされている[3][11]。塗装変更時には車体側面の社章の位置が変更されたが、シールドビーム化改造車の前面の社章はそのままとされた。その後、1997年以降に残った車両については、同年1月のVI導入に伴い前面の社章が撤去され、側面の社章はVIに変更された。
600形 冷房化車両[4]
改造日 車両番号
1986年 4月30日 611、612、619
7月7日 646
1987年 6月17日 614、617、620、623、624、628、647、648、649
6月30日 622
7月3日 631
1988年 4月9日 629
5月9日 612
5月20日 625
6月2日 621
1989年 7月14日 634、650

運用

1950年から製造が始まり、翌1951年から営業運転に使用された。1953年までに50両が導入され、北九州線に残存していた木造電車の大半が福岡市内線へと転属し、同線で使用されていた2軸車を置き換えた[3][12]

利用客の急増に伴い1953年以降の新型車両は連接車1000形)となったが、1960年代以降の利用客減少により連接車の譲渡や廃車が相次いだ一方、ボギー車の600形はワンマン化改造を経て引き続き主力として活躍する事となり、1985年10月20日に実施された第一次廃止でも4両が廃車となっただけであった。しかし、1992年10月25日の第二次廃止に伴い在籍車両の半数以上、冷房車を含んだ37両が一気に廃車となり[注釈 2]、以降運用に就いたのは冷房化工事を受けた9両(611、619、621、622、625、632、635、646、649)のみとなった。その後は632、635が1998年に廃車となったため、北九州線自体が廃止となった2000年11月26日の時点で在籍していたのは7両であった[2][9][3][4][14]

保存・転用

脚注

参考資料

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