赤木晴哉
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堺市立三原台小学校4年時に高倉台ポニーズで外野手として野球を始め、美木多イーグルスを経て堺市立三原台中学校では大阪狭山ポニーズで投手、外野手としてプレー[2][3]。中学2年生の秋、対戦チームの天理志望選手の視察に訪れていたの中村良二の目に留まった[4]。
2019年春天理高等学校に進学。同級生に達孝太、1学年下に戸井零士がいた。高校入学2カ月で脊椎分離症を発症[5]、高校2年秋ベンチ入りを期待されるも腰を痛めベンチ外[6]。主に達の控え投手であり[7]、3年春にベンチ入りするも夏は登板なし[8] 。高校時代は満足にトレーニングができず怪我に苦み[9]、ストレートは130キロ台が中心だった[5]。公式戦登板は2試合に終わった[9]。
高校卒業後は佛教大学に進学。2年春からリーグ戦に登板[10]。3年秋にベストナインと最優秀投手賞を獲得[8]。
2025年度新人選手選択会議において広島東洋カープから5位指名。契約金3500万円、年俸700万円[11]。背番号は38[12]。担当スカウトは鞘師智也。