三好匠

日本のプロ野球選手 (1993-) From Wikipedia, the free encyclopedia

三好 匠(みよし たくみ、1993年6月7日 - )は、福岡県北九州市戸畑区出身の元プロ野球選手内野手、右投右打)、プロ野球コーチ

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1993-06-07) 1993年6月7日(32歳)
身長
体重
174 cm
84 kg
概要 広島東洋カープ 二軍内野守備・走塁コーチ #90, 基本情報 ...
三好 匠
広島東洋カープ 二軍内野守備・走塁コーチ #90
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県北九州市戸畑区
生年月日 (1993-06-07) 1993年6月7日(32歳)
身長
体重
174 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手遊撃手二塁手
プロ入り 2011年 ドラフト3位
初出場 2013年7月15日
最終出場 2022年8月25日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 広島東洋カープ (2024 - )
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経歴

プロ入り前

北九州市立大谷小学校時代は大谷スポーツ少年団[1]北九州市立大谷中学校時代は軟式野球部に所属していた。中学3年夏にエースとして全国大会に出場し、初戦でノーヒットノーランを達成するなどの活躍で全国3位。また、福岡県選抜に選ばれ、4番エースとして秋のKボール全国大会で優勝に貢献した[2]

九州国際大付高校への進学後は、1年夏から外野手として第91回全国高等学校野球選手権大会に福岡県代表として出場。2年秋からは投手を兼任する。3年春の第83回選抜高等学校野球大会では、エースとして髙城俊人とバッテリーを組み5試合全てを一人で投げ抜き準優勝に輝いた。また、打撃でも2本塁打を放った。同年の夏の甲子園では、初戦となった2回戦で岡山県代表の関西高校に延長12回の末2-3xでサヨナラ負けを喫した。甲子園通算成績は56回、防御率2.73、38奪三振。野手としては9試合で打率.303、2本塁打。高校通算22本塁打。野球部の同期には児玉龍也、髙城俊人。1学年先輩には榎本葵。2学年先輩には河野元貴。1学年後輩には古長拓がいる。

2011年10月27日に行われたプロ野球ドラフト会議にて、東北楽天ゴールデンイーグルスから3位指名を受け、契約金4000万円、年俸600万円で契約に合意した[3]背番号2[4]。投手としての指名だったが、入団と同時に、内野手への転向[3]遊撃手への挑戦を表明した[5]

楽天時代

楽天時代
2013年7月18日、こまちスタジアムにて

2012年は、体格と守備力の強化に専念すべく、二軍生活に終始した。イースタン・リーグ公式戦では、遊撃手二塁手三塁手として58試合に出場。故障で一時戦線を離脱したが、打率.250、4本塁打を記録した。

2013年は、イースタン・リーグの前半戦で打率.276、2本塁打、20打点を記録するほどの好調を買われて、7月にプロ入り後初めて一軍に昇格。7月14日の対埼玉西武ライオンズ戦(Kスタ宮城)8回裏に、遊撃手として一軍デビューを果たした[6]。また、フレッシュオールスターゲームに出場を予定していたチームメイトの西田哲朗が故障で出場を辞退したため、代替選手として出場した[7]

2014年は、9月29日にシーズン初の一軍昇格。10月1日の対北海道日本ハムファイターズ戦(札幌ドーム)では、一軍で初めて先発出場すると、吉川光夫からの二塁打で一軍初安打を記録した[8]。イースタン・リーグ公式戦では13本塁打、60打点(いずれもリーグ3位)を記録するとともに、同リーグの優秀選手賞を受賞した。シーズン終了後に開かれた第1回U-21野球ワールドカップには、日本代表のメンバーとして出場。主に三塁手として活躍した[8]

2015年は、一軍の主力野手が相次いで故障や不振に見舞われるというチーム状況の下で、6月12日にシーズン初の出場選手登録。6月21日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)に「9番・三塁手」として先発出場すると、2回裏の打席に、大嶺祐太からの安打で一軍初打点を記録した。一軍公式戦全体では、9試合の出場で打率.207にとどまったが、二塁打と三塁打を初めて放った。オフに背番号を57へ変更[9]

2016年は、藤田一也の故障で4月13日にシーズン初の出場選手登録を果たしたが、一軍公式戦1試合に出場しただけで、いったん登録を抹消された。7月12日にシーズン3度目の出場選手登録。7月23日の対ロッテ戦で関谷亮太から一軍初本塁打を放つと、7月24日の対福岡ソフトバンクホークス戦(いずれも楽天Koboスタジアム宮城)で一軍初の猛打賞を記録した。以降は、シーズン終了まで一軍に帯同。一軍公式戦には、自己最多の38試合に出場するとともに、3本塁打、6打点という成績を残した。オフの10月12日に第1回WBSC U-23ワールドカップ日本代表に選出され[10]、10月22日に代表主将に就任[11]。チームは優勝し金メダルを獲得している[12]

楽天時代
(2016年 さいたま市営浦和球場にて)

2017年は開幕から一軍に帯同し、ほぼ途中出場ながら5月終了時点で20打数9安打と打撃好調であった。茂木栄五郎が離脱すると、打撃の調子は崩しつつも7月にかけて一時期ながら遊撃手に定着した。しかし、7月末から新外国人のルイス・クルーズが起用されるようになると出場機会が減少し、8月4日に自打球で左足甲を骨折したため、残りのシーズンを全て棒に振った[13]。オフに背番号を24へ変更した[14]

広島時代

2019年7月2日、下水流昂との交換トレードで広島東洋カープへ移籍した。背番号は35[15]

2019年7月23日 マツダスタジアムにて

移籍後は主に三塁手として先発起用が増え、7月25日の対中日戦(マツダ)で移籍後初本塁打[16]、7月26日の対ヤクルト戦(神宮)で2試合連続本塁打を放ち[17]、結果的にこれが現役最後の本塁打となった。8月20日の対ヤクルト戦では、自身初となるサヨナラ適時打を放った[18]。また、内野の守備固めとしても多く起用された。移籍後は43試合に出場、打率.182(77打数14安打)、7打点の成績を残した。

2020年は、開幕から一軍に帯同。6月19日の開幕戦(対DeNA横浜スタジアム[注 1]では1点リードの八回から三塁守備に入り、一死三塁の場面で代打オースティンの放った三遊間への強烈な打球を横っ飛びで捕球、すぐさま本塁に送球し三塁走者補殺のビッグプレイを見せ、開幕戦勝利に貢献した[19]。この年は三塁の守備固めを中心に62試合に出場、打撃成績は24打数3安打2打点、打率.125。

2021年は、広島時代最多の64試合に出場、前年と同じく三塁の守備固めが主となった。打撃機会は減少し、11打数0安打(犠打2)打率.000の成績だった。

2022年は、1月に楽天時代のチームメイト岡島豪郎らと合同自主トレを行い打撃力の向上を狙うも[20]、主戦場の三塁では坂倉将吾の三塁手コンバート矢野雅哉の台頭などの影響で出場機会が減少し、一軍10試合の出場に留まった。

2023年は一軍出場がなく、シーズンオフに戦力外通告を受け、現役を引退した[21]

現役引退後

2024年からは、広島の一軍内野守備・走塁コーチを務める[22]。背番号は90[23]。引退当初は球団職員としての残留要請であったが、最終的に一軍コーチ就任の話となり三好本人も驚いたという[24]

選手としての特徴・人物

高校時代は140km/h台の速球と右打者にはスライダー、左打者にはチェンジアップを有効に使ったコンビネーションを武器に投手として活躍した。また、甲子園で本塁打を放ったように当時から野手としての評価は高く[25]、高校通算打率.354、23本塁打の左右に打ち分けるバッティング技術と[25][26]、50メートル5.8秒の俊足を誇る[26]

理想の打者として、井口資仁のような右方向に長打を打てる打者を挙げている[27]

内野守備では、グラブさばき、守備範囲、肩の強さ[28]、送球の安定感がトップクラスと評されており[29]三塁手を中心に内野全ポジションをこなす[30]一塁手に送球する際は、敢えてシュート回転をかけており、三好は「シュート回転の方が一塁手は捕りやすいと思う。その逆のカット回転だと急に変化するから、捕球するのが難しい」と語っている[31]

三好と同じく三遊間の内野手として活躍したカープOBの梵英心は、「守備の時の体の使い方、重心の使い方が上手い」「一見すると地味に見えるがプロの技術が凝縮されている」と三好の守備技術を絶賛していた[32]

苗字の三好と広島県の三次市と呼び方が同じということもあり、愛称は同市名物のブドウ「三次ピオーネ」にちなんだ「ピオーネ[33]。チームメイトからはミヨと呼ばれている[24]

趣味は釣り。「スローイングの腕のしならせ方は、釣り(のキャスト)と同じ」と語る[34]

詳細情報

年度別打撃成績

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O
P
S
2013 楽天 6440000000000000010.000.000.000.000
2014 3771220040000000030.286.286.571.857
2015 933292611093002010191.207.258.310.568
2016 38706311140032360020500161.222.279.365.644
2017 5611510312259013790141700271.243.288.359.648
2018 70544855010700130300152.104.157.146.303
2019 17440100011100000010.250.250.250.500
広島 4392779141022171060920281.182.267.273.540
'19計 6096819151022282060920291.185.267.272.538
2020 6229243300032002120050.125.185.125.310
2021 6413111000000002000040.000.000.000.000
2022 10220000000000000010.000.000.000.000
通算:10年 37842337244701326105282221227211106.188.244.282.526
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年度別守備成績

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二塁三塁遊撃




































2013 楽天 -20000----423001.000
2014 232001.000112001.000-
2015 61221061.000302001.000225011.000
2016 17171811.97220000----172144110.985
2017 1371212.950501001.000404680219.984
2018 15108031.00090411.80049164916.985
2019 101001.000-1534001.000
広島 512001.000261117031.00017162526.953
'19計 613001.000261117031.00032192926.960
2020 111011.0005392410.971548021.000
2021 1324001.0005441210.941222011.000
2022 111001.00070000----10000----
通算 745470213.984162256234.974152112220645.982
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記録

初記録

背番号

  • 2(2012年[4] - 2015年)
  • 57(2016年[9] - 2017年)
  • 24(2018年[14] - 2019年7月3日[15]
  • 35(2019年7月4日[15] - 2023年)
  • 90(2024年[23] - )

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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