辻大雅
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プロ入り前
小学校時代は軟式野球の村岡フェニックス[2]、藤沢市立藤ヶ岡中学校時代は硬式野球(ボーイズリーグ)の湘南ボーイズに所属[3]。
高校は東京都の二松學舍大学附属高等学校に進学。1年の3月に左肘を疲労骨折し、2年の1月に投球練習を再開[4]。2月にはチーム内の紅白戦に登板し[4]、3月の第94回選抜高等学校野球大会には背番号11でベンチ入りを果たした。初戦の聖光学院戦でリリーフで登板したが、チームは初戦敗退した。初夏には球速を10km/h以上アップさせ[5]、夏の東東京大会では背番号1を勝ち取り、4試合に先発して第104回全国高等学校野球選手権大会出場に貢献した。甲子園では1回戦の札幌大谷戦で8回途中1失点の快投を見せ、チームはサヨナラ勝ちで勝利した[6]。続く2回戦の社戦も先発し、7回を2失点に抑え接戦を制した[7]。3回戦の大阪桐蔭戦は登板機会無く、チームは0-4で敗退。その後9月15日にプロ志望届を提出した[8]。
2022年10月20日に行われたプロ野球ドラフト会議において広島東洋カープから育成ドラフト3位で指名され、11月25日に支度金319万円、年俸275万円(金額は推定)で仮契約を結んだ[9]。背番号は125[9]。
広島時代
2023年はウエスタン・リーグ公式戦の3試合に登板、0勝1敗、防御率4.50の成績を残した[10]。
2024年はウエスタン・リーグ公式戦の13試合に登板、0勝1敗、防御率5.84の成績を残した[11]。
2025年は7月27日時点でウエスタン・リーグで23試合に登板し、1勝1敗1セーブ、防御率3.80を記録した[12]。3月までは登板2試合で0勝1敗、防御率31.50だったが、野村祐輔三軍投手コーチ兼アナリストの助言から急成長する[12]。球速は10キロ増の最速150キロまで上がり、制球も改善された[12]。4月以降は21試合登板で1勝1セーブ、防御率1.27の好成績を残した[12]。この活躍が評価され、7月28日に支配下登録された[12]。背番号は98[13]。8月2日の中日ドラゴンズ戦で一軍初登板を果たすと、空振り三振を2つ奪うなど三者凡退に抑えた[14]。
選手としての特徴・人物
目標とする選手は横浜DeNAベイスターズの今永昇太[15]。
先述の通り、2025年の自身の飛躍の手助けをした野村祐輔コーチへの感謝を示すため、登場曲には野村が現役時代に使用していたMr.Childrenの 「皮膚呼吸」を採用している[16]。
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025 | 広島 | 16 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 62 | 16.0 | 12 | 2 | 3 | 0 | 0 | 21 | 0 | 0 | 2 | 2 | 1.13 | 0.94 |
| 通算:1年 | 16 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 62 | 16.0 | 12 | 2 | 3 | 0 | 0 | 21 | 0 | 0 | 2 | 2 | 1.13 | 0.94 | |
- 2025年度シーズン終了時
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2025 | 広島 | 16 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- |
| 通算 | 16 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | |
- 2025年度シーズン終了時
記録
初記録
- 投手記録
- 初登板:2025年8月2日、対中日ドラゴンズ回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、8回表に4番手で救援登板、1回無失点[14]
- 初奪三振:同上、8回表にマイケル・チェイビスから空振り三振[14]