東京都立小山台高等学校

東京都品川区にある高等学校 From Wikipedia, the free encyclopedia

東京都立小山台高等学校(とうきょうとりつこやまだいこうとうがっこう、: Tokyo Metropolitan Koyamadai High School[1])は、東京都品川区小山に所在する東京都立高等学校

過去の名称 東京府立第八中學校
東京都立第八中學校
東京都立第八新制高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 東京都の旗 東京
校訓 敬愛・自主・力行
概要 東京都立小山台高等学校, 過去の名称 ...
東京都立小山台高等学校
北緯35度37分16.1秒 東経139度42分13.2秒
過去の名称 東京府立第八中學校
東京都立第八中學校
東京都立第八新制高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 東京都の旗 東京
校訓 敬愛・自主・力行
設立年月日 1922年8月24日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
定時制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学校コード D113299901068 ウィキデータを編集
高校コード 13158A
所在地 142-0062
東京都品川区小山3-3-32
外部リンク 全日制
定時制
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概要

1922年大正11年)、東京府立第八中学校として創立。「敬愛・自主・力行(りっこう)」を教育目標としている[2]

全日制課程定時制課程が設置されている[注 1]

沿革

1924年(大正12年)、現校地に旧校舎の一部が竣工した。府立八中が小山の地に決定した経緯は分かっていないが[3]、当時東急目蒲線(現:東急目黒線)が開設目前であり、東京府が今後この地域が住宅地域の中心となることを予想したのではないかとされている。当初の目蒲線の予定路線は現在より北側となっていたらしく、それに合わせて正門を北側に設けたところ、実際には南側を通ることとなり、当時の小山駅(現:武蔵小山駅)からは裏門が近いという結果となった。

当時は急激な宅地化に伴い、荏原郡周辺一帯の旧制中学校への進学率が急増していた頃であり、仮校舎でもまず授業を始めるという住民の思いも後押しして、順次旧制中学や高等女学校が開設されていった。

1943年昭和18年)に都制施行に伴い、東京都立第八中学校と改称。戦後学制改革により東京都立第八新制高等学校、1950年(昭和25年)に東京都立小山台高等学校と改称する。都立第八新制高等学校から校名を変更する際、「武蔵」「西陵」「小山」などが新校名の候補となった。所在地の町名から「小山高校」が検討されたが、栃木県立小山高等学校と混同される恐れがあるとして、地元に親しみのある隣接町名の「小山台」の「台」が付けられた[4]

19501960年代は、連年東京工業大学合格者数全国1位を達成。古くから理工系の大学進学に強い高校として知られている。また、東京大学合格者数も全国ベスト10に入る年もあった。

2004年平成16年)度から都の重点支援校として3年間の指定を受けたことを契機に学校改革が推進されるようになった。土曜授業の復活、120講座を超える長期休業中の講習やサテライト講習の導入など進学指導体制の確立を目指した改革が行われ、難関大学への進学実績が徐々に向上している。

2007年(平成19年)には、難関大学への進学実績向上を目指す都立高校として駒場国分寺新宿町田の各校と共に「進学指導特別推進校」に指定された。現在、一般入試においては都の共通問題を全科目で使用している。

年表

教育

  • 伝統的に理系教育が盛んである。土曜日などに「理科講義実験」が開かれ、化学物理生物の3分野で高度な実験や講義が実施されている。
  • 大学や企業が主催した実習会や講演活動も多く開催される。
  • 年20回の土曜授業を行っている。

校歌

  • 『東京都立小山台高等学校校歌』(作詞:栗原源七、作曲:平井康三郎

交通アクセス

班活動

部活動のことを班活動と呼称している[6]

野球班は、2014年の選抜21世紀枠として出場[7]。都立高校としては史上初の「春の選抜」出場校となった。夏の東東京大会でも18年、19年と2年連続で決勝に進出するなど都立としては有数の強豪である。なお、同校の野球部はスポーツ推薦を実施していない。

同高野球班の2026年夏大会の詳細結果は以下の通りだ。

2026年(令和8年)

  • 2回戦(対桜丘):8対1の8回コールド勝ち。7回表に8番中堅手の齋藤鷹一がレフト線へ走者一掃の3点適時二塁打を放ち試合を決めた。
  • 3回戦(対朋優学院):8対1の7回コールド勝ち。初回に小笠原の出塁から小原の犠飛で先制。エース阿部俊介が相手のキーマン植木を抑えるなど粘投し、3回には金子のセーフティーバントから小原の2点適時二塁打などで相手の好投手木幡をノックアウト。最後は7回に中濱誠那がコールドを決める適時打を放ち、ベスト32に進出した。
  • 4回戦(対江戸川):5対4で逆転勝利を収めベスト16に進出。17日の試合(ジャイアンツタウンスタジアム)で2回に先発の石井大地が3点を失い、1死満塁の窮地で阿部俊介が登板したところで雷雨により継続試合となった。翌18日(府中市民球場)、横山捕手のリードに応えた阿部が相手の4番石田を三併殺打に打ち取り再開直後の危機を脱した。1対4の8回表に1死2、3塁のピンチを迎えるが、伝令の斉藤悠が送られた後、中濱誠那が後続を断ち無失点。直後の8回裏、小笠原、小原の連打などで満塁とし、5番佐藤がレフト方向へ走者一掃の同点適時二塁打、さらに中濱が勝ち越しの右前適時打を放ち逆転した。9回表にはマウンドの中濱が痛烈なピッチャーライナーをスーパーキャッチ。その後1死3塁となるも、伝令の近藤敬介が内野陣を鼓舞し、最後は投ゴロに仕留めて2日間の死闘を制した。
  • 5回戦(対帝京):春の選抜出場校である帝京を相手に3対4で9回裏サヨナラ惜敗。福嶋正信監督はこの大一番で打順を大幅に変更し、1番小笠原、2番に齋藤鷹一、3番佐藤龍生の新布陣を敢行。小笠原と齋藤鷹一が次々と出塁し、4番から7番に下がった髙橋も三塁打を放つなど機能した。投手陣も帝京打線を8回まで2安打に抑え、伝令の斉藤悠が送られた後のピンチでは横山幸二郎や小原颯斗の好守で2度のピンチを凌いだ。最後は一塁強襲内野安打の間にサヨナラ負けを喫した。健闘した小山台高校野球班には大きな拍手が送られた

“小山台、タイブレークの激闘制す!都市大付属の猛追かわしサヨナラ勝ち”. 高校野球ドットコム. 2026年3月20日. 2026年7月27日閲覧.

運動班

文化班

行事

  • 合唱コンクールは例年6月に日比谷公会堂で行われていたが、現在同施設が工事中のため、府中の森公園で行われている。全学年課題曲は校歌である。
  • 文化祭は、例年9月上旬に実施される運動会と併せて「寒菊祭」と呼ばれる。文化祭は9月下旬に行われることが多い。2日間行われ、両日とも一般公開されている。
  • 運動会は、生徒が赤、白、青、黄の4つの団に分かれて競技をする。各団による応援合戦が名物となっている。

関連団体

  • 公益財団法人 小山台教育財団 - 本校の後援会。小山台会館を持つ。活動の大きな柱である国際交流事業では、小山台生やその卒業生・親族を中心にイギリスドイツへの語学研修生・留学生を毎年30名前後3週間派遣する一方、同時期に受け入れ事業を行っている。他にもサテライト授業や小山台高校の各種イベントの協力を行っているほか、地域活動として文化教室などを開催している。
  • 菊桜会同窓会) - 小山台教育財団と共に環境整備を行っている。

進路状況

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主な国公立大学
東京大 京都大 一橋大 東京

工業大

北海道

東北大 名古屋

大阪大 神戸大 九州大 筑波大 備考
2021年度[8] 3(2) 1(0) 2(1) 5(1) 3(1) 4(1) 3(0) 1(0) 2(1) 1(0) 8(1) 数値は合計(既卒)
2022年度[9] 0 0 2 8 7 3 0 1 1 3 3
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日本

女子大

2022年度[9] 70 25 32 29 106 59 63 72 67 13 0 6 5 13
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著名な出身者

政治・行政

経済

法曹

ジャーナリズム

学問

芸能・文化

スポーツ

その他

著名な教職員・関係者

関連作品

  • ワル』(原作:真樹日佐夫・作画:影丸穣也、1970年) - ピカレスクアクション漫画(および映画)と銘打った、不良生徒が東大合格率で日本の五指に入る名門都立校を壟断する内容の劇画。時代背景や舞台設定が学校群制度時代の名門進学校「都立鷹ノ台高校」だが、原作者の真樹は当小山台高校出身者である。

関連項目

脚注

外部リンク

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