野添義弘

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生年月日 (1958-07-03) 1958年7月3日(67歳)
出生地 日本の旗 日本大阪府
身長 170cm
血液型 O型
のぞえ よしひろ
野添 義弘
生年月日 (1958-07-03) 1958年7月3日(67歳)
出生地 日本の旗 日本大阪府
身長 170cm
血液型 O型
ジャンル 俳優
配偶者 あり
公式サイト http://zoezoe7.com/
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野添 義弘(のぞえ よしひろ、1958年7月3日 - )は、日本俳優劇団スーパー・エキセントリック・シアター所属。

大阪府出身。大阪電気通信大学高等学校卒業。

高等学校卒業から短期大学入学までの間のアルバイトとしてスーツアクターを経験しており、「演じる」ことに興味を持つ。短期大学を辞めてアルバイト先会社の社員となった[1]。展開の決まったヒーローショーに飽きながらも、オリジナリティーを加えていくうちに「演じること」を仕事にしたいと考える[1]

漠然と東京へ行くことを考え、イベントの共演で仲良くなった川島なお美を通じて川島の所属事務所の現場マネージャーとして上京。しかし、しばらくは役者としてのキャリアに進展はなかった[1]

上京から半年が経った頃、大阪のスーツアクター会社に所属する知人に連絡を取ると、当時はまだ「知る人ぞ知る」程度の存在だが熱狂的なファンも増えてきていた「劇団スーパー・エキセントリック・シアター」を提案される[1]。軽い気持ちでシアターグリーンでの公演を訪れるが、魅了され、終演後すぐに「ここで役者をやりたい」と考えるようになる[1][2]。オーディションで得意のアクションを披露して合格[2]。24歳のときであった[1]

間もなく座長の三宅裕司の人気となり、野添の後輩として岸谷五朗寺脇康文が入るなど劇団が一気に勢いづくも、自身は長らくアルバイトで生計を立てる生活が続いた[1][2]

38歳の結婚を機に役者一本の決意をする。ちょうど堤幸彦が監督した『さよならニッポン! 南の島の独立宣言』(1995年)に端役で出演。これがきっかけとなって『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』『世界の中心で、愛をさけぶ』などの堤作品への出演が増加[2]

ラサール石井によって志村けんとの相性の良さを見出され、ラサールが脚本・演出を担当する『志村魂』への出演を打診される。別の舞台があったためにすぐには実現せず、野添が初めて出演したのは50歳の時、2008年の『志村魂3』であった[2]。ラサールの読み通り、2人の相性は好評で、最後の公演となった2019年の『志村魂14』まで出演し続けた[2](なお、この公演を三谷幸喜が観覧しており、『鎌倉殿の13人』への出演などに繋がることとなる[2])。

出演

脚注

外部リンク

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