金性甲
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| ハンファ・イーグルス 育成軍総括コーチ #81 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1962年5月3日(63歳) |
| 身長 体重 |
168 cm 66 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 二塁手 三塁手 |
| プロ入り | 1985年 1次ドラフト |
| 初出場 | KBO / 1985年 |
| 最終出場 | KBO / 1995年 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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監督・コーチ歴 | |
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この表について
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金 性甲(キム・ソンガプ、朝鮮語: 김성갑、1962年5月3日 - )は韓国プロ野球に所属していた大韓民国出身の元プロ野球選手(外野手)。次女は女優のユイ。
三星時代
1985年に入団した。
デビュー初年度から開幕戦に出場したが、11試合の出場にとどまった。
ピングレ時代
同年シーズン後、成洛洙とともに金銭トレードで移籍。
すると1987年から主力として活躍し、3年連続100試合出場を達成するなど輝かしい成績を残した。
しかし1990年ごろから当時の監督の金彦任重と不仲になり、吉村元富、柳承安、韓禧敏など同じく監督と仲たがいした選手とともに現金トレードで放出されてしまう。
太平洋時代
1995年には二塁手部門オールスターに選ばれ、オールスター戦に参加した。同年には現役時代の1軍で最も多くの試合を消化した。
その年の最後に太平洋ドルフィンズが買収されて、現代ユニコーンズにチーム名を変更した後、現役から引退した。
引退後
1996年から現代ユニコーンズの総括コーチになり指導者の生活を始めた。
1998年シーズン終了後に退団。
2009年からネクセン・ヒーローズの1軍コーチに就任[1]。
2010年シーズン後には2軍監督に就任[2]。
2012年は当時監督だった金始眞が解任されたため監督代行として活動した。シーズン後には当時の走塁コーチだった廉京燁が監督に昇格した後、再び2軍監督に復帰した。
2016年にSKワイバーンズの首席コーチに転任し、2018年に韓国シリーズ優勝に貢献するとコーチから退任した。
2022年には、ハンファ・イーグルスのコーチに就任した。
2023年5月11日、2軍監督に配置転換された。