長嶺安政
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 長嶺 安政 ながみね やすまさ | |
|---|---|
|
| |
| 生年月日 | 1954年4月16日(71歳) |
| 出生地 |
|
| 出身校 | 東京大学教養学部卒業 |
| 称号 | 旭日大綬章 |
| 在任期間 | 2021年2月8日 - 2024年4月15日 |
| 在任期間 | 2019年10月15日[1] - 2021年2月8日 |
| 在任期間 | 2016年7月19日 - 2019年10月15日[1] |
| 在任期間 | 2013年7月 - 2016年 |
| 在任期間 | 2012年9月11日 - 2013年 |
その他の職歴 | |
|
(2010年 - 2012年) | |
|
(2007年8月 - 2010年) | |
|
(2004年7月 - 2006年7月) | |
長嶺 安政(ながみね やすまさ、1954年(昭和29年)4月16日 - )は、日本の外交官、裁判官。最高裁判所裁判官などを歴任。
サンフランシスコ駐在総領事等を経て、2011年(平成23年)から外務省国際法局長、2012年(平成24年)から駐オランダ特命全権大使、2013年(平成25年)から外務審議官。
2016年(平成28年)から駐大韓民国特命全権大使。2017年(平成29年)1月9日、「慰安婦問題日韓合意に基いて直ちに撤去されるべき従軍慰安婦像を、韓国当局が日本側からの慰安婦像撤去の申し入れに応じない。」という重大な合意違反に対する抗議として、赴任地のソウル特別市から引き揚げた[2]。同年4月4日、北朝鮮によるミサイル発射で安全保障協力の必要性が高まり、朴槿恵前大統領の罷免で大韓民国大統領選挙が前倒しになったことなどを総合的に判断した日本国政府の決定によって、12週間ぶりに韓国に再赴任[3]。
経歴・人物
東京出身。東京教育大学附属駒場高校(現筑波大学附属駒場高校)を経て[6]、東京大学教養学部教養学科在学中に外務公務員採用上級試験に合格する。1977年(昭和52年)東大卒業後、外務省に入省する。 1978年(昭和53年)イギリスオックスフォード大学に留学し、1980年(昭和55年)7月、スペシャル・ディプロマを取得する。
- 1992年(平成4年)3月 内閣法制局参事官(第三部)
- 1995年(平成7年)1月 欧亜局西欧第二課長
- 1996年(平成8年)7月 条約局法規課長
- 1998年(平成10年)8月 駐印公使
- 2001年(平成13年)1月 在英国日本国大使館公使
- 2002年(平成14年)7月 大臣官房参事官兼北米局
- 2004年(平成16年)
- 7月 大臣官房審議官兼条約局
- 8月 条約局が国際法局に変更
- 2006年(平成18年)7月 大臣官房審議官兼総合外交政策局
- 2007年(平成19年)8月 サンフランシスコ総領事
- 2010年(平成22年)国際法局長[7]
- 2012年(平成24年)9月11日 駐オランダ特命全権大使[8]
- 2013年(平成25年)7月 外務審議官(経済)
- 2016年(平成28年)8月 駐大韓民国特命全権大使[9]
- 2017年(平成29年)
- 2019年(令和元年)10月15日 駐英国特命全権大使[11]
- 2021年(令和3年)
- 2月8日 最高裁判所判事
- 10月31日 最高裁判所裁判官国民審査において、罷免を可とする票4,138,543票、罷免を可とする率7.24%で信任[12]。
- 2024年(令和6年)4月15日 最高裁判所判事を定年退官。後任に元国連大使の石兼公博。