狭義の意味では町名としての陣原(1-5丁目)を指し、一般的には陣原のほか、瀬板(1-2丁目)を含めた地域[1]を意味する。かつて日本国有鉄道の貨物駅であった「東折尾駅」が区域内に設置されるなど東折尾という別称でも知られる。区域の大半が北九州市立折尾中学校の校区であり、行政の管轄も折尾側に組み込まれ、折尾の東端というイメージもあるが、歴史的にみると遠賀郡穴生村の一角から分かれた陣原村であった(その後陣原村は1889年合併により洞南村→名称変更により折尾村)ことから、基本的には折尾よりもむしろ穴生の一部と言える地域であり、ほぼ全域が北九州市立穴生小学校の校区でもある。