大里 (北九州市)
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JR九州鹿児島本線門司駅周辺の市街地を指す。関門海峡の大瀬戸に面し、背後には戸ノ上山(517.8m)がそびえる。鹿児島本線の海側を国道199号、山側を国道3号がそれぞれ平行して通っている。また、山の麓に沿って北九州高速4号線が通っており、地内に大里出入口がある。
もとは豊前国企救郡大里村。関門海峡の九州側上陸地点は、門司関(旧門司・楠原)だと陸路が長くなってしまうため、大里や赤坂になることが多かった。長崎に向かう日本二十六聖人も大里に上陸している。
江戸時代は小倉藩富野手永に属した。長崎街道・唐津街道・中津街道などの基点は小倉城下の常盤橋だが、大里まで門司往還(参勤交代往還路)が伸びていた。大里村の地内は村方と町方に分かれており、大里町とも称された町方は九州最北端の宿場町として繁栄した。
大里村は1887年(明治20年)に二十町村、柳村、東原町村、馬寄村、新町村と合併して柳ヶ浦村となった。柳ヶ浦村は1908年(明治41年)12月1日に町制を施行して大里町と改称した。また、1891年(明治24年)に開業した柳ヶ浦駅も大里駅と呼ばれることが多く、1908年に正式に大里駅と改称された。
1903年(明治36年)に鈴木商店の基幹工場の一つ、大里製糖所(現・関門製糖)[1] が設立されたことを皮切りに、1911年(明治44年)に鈴木商店の大里製粉所(現・日本製粉)[2] や九州電線(現・古河電工)、1912年(明治45年)に帝国麦酒(現・サッポロビール)、1914年(大正3年)に大里酒精製造所(現・ニッカウヰスキー株式会社門司工場)、1917年(大正6年)に株式会社神戸製鋼所門司工場(現・神鋼メタルプロダクツ)などが設立され、大里は明治・大正期以降、鈴木商店系企業を核に、日本を代表する工場集積地の一つとして繁栄した。
大里町は1923年(大正12年)2月1日に門司市に編入された。また、大里駅は1942年(昭和17年)の関門鉄道トンネル開通に合わせて門司駅と改称された。
地名の由来
歴史


- 1887年(明治20年) - 大里村が二十町村、柳村、東原町村、馬寄村、新町村と合併して柳ヶ浦村となる。
- 1891年(明治24年)4月1日 - 九州鉄道(初代)により柳ヶ浦駅(現・門司駅)開業。
- 1903年(明治36年) - 大里製糖所(現・関門製糖)が設立。
- 1908年(明治41年) - 柳ヶ浦村が町制を施行して大里町と改称。柳ヶ浦駅を正式に大里駅と改称。
- 1911年(明治44年)6月5日 - 九州電気軌道北九州線(西鉄北九州線)開通。またこの年、大里製粉所(現、日本製粉)や九州電線(現、古河電工)が設立。
- 1912年(明治45年) - 帝国麦酒(現・サッポロビール)設立。
- 1914年(大正4年) - 大里酒精製造所(現・ニッカウヰスキー株式会社門司工場)設立。
- 1917年(大正6年) - 株式会社神戸製鋼所門司工場(現、神鋼メタルプロダクツ)設立。
- 1942年(昭和17年)4月1日 - 大里駅を門司駅と改称。
- 1942年(昭和17年)7月1日 - 関門鉄道トンネルが開通。
- 1985年(昭和60年)10月20日 - 西鉄北九州線廃止。
- 2002年(平成14年)3月31日 - 門司競輪場が廃止された。