蒲生 (北九州市)
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山岳
歴史
1889年(明治22年)4月1日の町村制施行の際、北隣に位置する今村(現小倉北区今町・南丘)などとともに「企救郡西紫村」(きくぐん・にしむらさきむら)となったが、その今村とともに1908年(明治41年)4月1日の西紫村解体に際しては、地域の西側が山に囲まれ村域他地区との行来に難があった事情から、企救村(きくむら)に編入された後、企救町→小倉市→北九州市小倉区と変遷した。
1974年(昭和49年)4月1日の小倉南北分区にあたっては、旧・今村が北区とされ、西紫村廃村以来66年ぶりに合流を果たしたものの、蒲生だけは南区とされ、取り残される結果となった。この背景には、現在のNTTの回線網及び郵便事業会社の担当区割が蒲生のみ徳力と同じ区域に位置付けられたことも影響する。但し小倉北区の小中学校(北九州市立南丘小学校、北九州市立南小倉中学校)の学区に属する部分もある。