桃園 (北九州市)
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歴史
昭和の初め頃に西八幡駅南側の電車道沿いの区域が「桃園町」と呼ばれるようになったのが地名の始まりである。当初は前田・藤田の一部で、正式に「桃園」が地名となったのは1947年のことである。
1939年には都市計画事業として、旧八幡市初の運動公園である「記念公園」が設置された。公園は戦後も整備が進められ、多くの施設を持つ「桃園公園」として整備された。
1945年8月の八幡大空襲で近辺は焼け野原になっていたが、八幡製鉄が社宅を建設する事になり、1951年に桃園町と近隣の稲荷町、伏見町、西伏見町にかけて桃園アパートが建設された。その後、稲荷町、伏見町、西伏見町と宮添町は桃園町に併合された。
1969年に桃園町と錦町、さらに前田町、油田町、藤田、前田の一部を併合して現在の「桃園」となった。新日鉄の社宅の老朽化等により、社宅跡地は新興住宅地となっている。
交通
主な施設

- 桃園公園
- 北九州市立桃園球場
- 北九州市立児童文化科学館
- 北九州市立桃園運動場
- 北九州市立桃園市民プール
- 北九州市立陣山市民センター
- 桃園一丁目さくら公園
- 大石産業本社
- 北九州市立花尾中学校
- 北九州市立平野市民センター
- 桃園シティボウル(ボウリング場)