陽光子友乃会
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所在地
沿革
田中清英は、世界真光文明教団が前身であるL・H陽光子友乃会だった当初からの幹部だったが、岡田光玉より破門され復職禁止処分となった。しかし、真光裁判の後に世界真光文明教団の教え主となった関口榮は田中を崇教局長に任命し、田中を実質的な教団ナンバー2として処遇した[1]。その後、関口が自身の長男・次男を教団の要職に就けるなど、教団の私物化を図る運営が目立ち、これに反発した田中は、自身が岡田光玉・関口榮に次ぐ3代目の教え主だと主張した。だが、この主張は受け入れられず、田中は1987年(昭和62年)に分派し、陽光子友乃会を立教した[2]。この頃から田中は「聖鳳」という神名を名乗った。これは、関口榮の「聖峰」という神名は正当な神示によるものではなく、教え主は「聖鳳」を名乗るべきであるという自説によるものだった。田中は、岡田光玉より授かった御み霊の中に「田中」と書かれていた事が教え主としての根拠だと主張していた。
教義
教義は、母体である世界真光文明教団や他の真光系諸教団とあまり差異は見られない。多くの真光系諸教団と同じく、「手かざし」・「神理正法」・「地上天国建設」を主軸とした教義を説いている。不幸や災厄を霊障によるものとし、「手かざし」による浄霊によって改善することを目指している。また、神の創造した世界の法則(「神理正法」)に準拠した生活を送ることで、幸福と平穏を手に入れることができると主張している。そして、こうした「手かざし」や「神理正法」を普及させることで、「地上天国建設」を成し遂げられると教示している。こうした「地上天国建設」への志向が、世界真光文明教団や崇教真光と同様に、壮大な聖地建設へと繋がると主張している[3]。
祭神
機関紙
「陽乃光」という機関紙を発行していたが、現在は廃刊している[3]。
拠点
- 陽光子友乃会北海道センター(北海道)
- 陽光子友乃会庄内センター(山形県)
- 陽光子友乃会仙台中央センター(宮城県)
- 陽光子友乃会主晃一大神宮(茨城県)(本部)
- 陽光子友乃会新東京センター(東京都)
- 陽光子友乃会立川センター(東京都)
- 陽光子友乃会新神奈川センター(神奈川県)
- 陽光子友乃会三島魂霊修験道場(静岡県)
- 陽光子友乃会大阪魂霊修験道場(大阪府)
- 陽光子友乃会堺センター(大阪府)
- 陽光子友乃会北陸センター(北陸)
- 陽光子友乃会名古屋センター(名古屋)
- 陽光子友乃会中四国センター(岡山県)
- 陽光子友乃会新生大分センター(大分県)
- 陽光子友乃会南九州センター(鹿児島県)
- 陽光子友乃会マレーシアセンター(マレーシア)
- 陽光子友乃会シンガポールセンター(シンガポール)
- 陽光子友乃会メキシコセンター(メキシコ)
- 陽光子友乃会台湾センター(台湾)
- 陽光子友乃会ドイツセンター(ドイツ)
- 陽光子友乃会フランスセンター(フランス)