隼町
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| 隼町 | |
|---|---|
| 町丁 | |
|
三宅坂交差点 | |
北緯35度40分53秒 東経139度44分36秒 / 北緯35.681328度 東経139.743322度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 特別区 |
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| 地域 | 麹町地域 |
| 人口情報(2025年(令和7年)3月1日現在[1][2]) | |
| 人口 | 272 人 |
| 世帯数 | 209 世帯 |
| 面積([3]) | |
| 0.119394557 km² | |
| 人口密度 | 2278.16 人/km² |
| 郵便番号 | 102-0092[4] |
| 市外局番 | 03(東京MA)[5] |
| ナンバープレート | 品川 |
隼町(はやぶさちょう)は、東京都千代田区の町名。最高裁判所が所在し、隣接する永田町・霞が関とともに日本の首都機能を担っている。「丁目」の設定のない単独町名である。住居表示実施済みの地域。
歴史
本来、隼町とは現在の隼町の北隣に当たる麹町一丁目南側の地域をいった。この旧:隼町は江戸時代初期は旗本屋敷で、1604年(慶長9年)より明暦の大火で消失するまでの間、日枝神社が存在した。1691年(元禄4年)火除地となった後、1697年(元禄10年)町屋が起立し、隼町が成立した。
一方、現在の隼町町域は江戸時代を通して武家地であったといわれている。三宅坂の由来となっている田原藩三宅家上屋敷は渡辺崋山が生まれ住んだ所としても知られる。
1872年(明治5年)に隼町は麹町山元町一丁目と改称し、南隣の武家地が麹町隼町と呼ばれるようになった。戦前は三宅坂一帯が陸軍の拠点となっており、隼町にも東京第一衛戍病院(現:国立国際医療研究センター)、教育総監部、陸軍航空本部などが置かれていた。戦後は最高裁判所が置かれ、日本の司法の中心となった。1973年(昭和48年)住居表示を実施して現在に至る。
地名の由来
世帯数と人口
2025年(令和7年)3月1日現在(千代田区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1][2]。
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[6] | 98 |
| 2000年(平成12年)[7] | 458 |
| 2005年(平成17年)[8] | 473 |
| 2010年(平成22年)[9] | 468 |
| 2015年(平成27年)[10] | 471 |
| 2020年(令和2年)[11] | 425 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[6] | 42 |
| 2000年(平成12年)[7] | 329 |
| 2005年(平成17年)[8] | 352 |
| 2010年(平成22年)[9] | 344 |
| 2015年(平成27年)[10] | 353 |
| 2020年(令和2年)[11] | 333 |
学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2017年8月現在)[12]。なお、千代田区の中学校では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能[13]。
- 区域 : 全域
- 小学校 : 千代田区立麹町小学校
- 中学校 : 千代田区立麹町中学校 または 千代田区立神田一橋中学校
