頗梨采女

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頗梨采天女
仏像図彙 (1783年)

頗梨采女(はりさいじょ、はりさいにょ)は、牛頭天王の后とされる

波利采女波利賽女とも表記。名前の由来は梵語のハリ(水晶の意)に求める説がある。

牛頭天王は祇園精舎守護神ともされる仏教由来の神で、日本では行疫神(疫病を流行らせる神)として畏怖されるとともに神道素戔嗚尊と習合し、明治期神仏分離令まで祇園社(八坂神社)の祭神として祀られ、篤い尊崇を受けた神であるが、頗梨采女はその牛頭天王の后であることから、素戔嗚尊の后である奇稲田姫とも同一視された。

もともと頗梨采女は、祇園社の本殿西御座に祀られていたが、明治以後の八坂神社では、奇稲田姫として東御座に祀られている。

伝承

脚注・出典

関連項目

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