高孝準
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| 蔚山ホエールズ #29 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 忠清北道清州市 |
| 生年月日 | 1983年2月8日(43歳) |
| 身長 体重 |
179 cm 75 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2002年 2次ドラフト1巡目 |
| 初出場 | KBO / 2002年7月25日 |
| 最終出場 | KBO / 2025年8月27日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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第一次ロッテ時代
2002年にロッテ・ジャイアンツに指名され入団。
しかし、翌年の2003年に心臓疾患を患い、当時の監督白仁天から「彼を一人の選手と思わない。」と見放され戦力外になる。
SK時代
その後SKワイバーンズと契約。移籍後の数年間はこれといって良い成績を残すことができずなかったが、金星根(キム・ソングン)監督が辛抱強く起用を続けた。
2009年4月10日自身初の先発登板しローテーション入りに成功。自己最多の11勝を挙げる。
2012年より軍へ入隊し、2014年SKへ復帰。
起亜時代
2016年7月31日、任準赫とのトレードで起亜タイガースへ移籍。
2017年は40試合に出場。
第二次ロッテ時代
2017年11月22日、余剰戦力に機会を与えるために開催される2次ドラフトでロッテより指名され、15年ぶりに古巣へ復帰した。
2019年はリーグ最多の75試合に登板、オフシーズンに初めてFAとなり、2020年はロッテと再契約した。
しかし、シーズン終了後に2021年保留選手名簿から外され自由契約選手となった[1]。
LG時代
当初は育成選手だったが、2021年5月1日、追加選手登録され一軍の試合に出場できるようになったが3試合のみの登板で、11月11日、2022年の再契約はないことが発表され[3]、11月30日に発表された2022年保留選手名簿から除外された。
SSG時代
2022年1月21日、SSGランダースと契約した[4]。SSGランダースの前身はSKワイバーンズであり、2016年以来の古巣への復帰となった。
2024年11月30日、自由契約選手として公示された[5]。
斗山時代
2025年は、所属先が決まっていないまま開幕を迎えたが、開幕後の4月17日に、斗山ベアーズと育成選手として契約した[6]。
5月1日に、支配下選手として追加登録された。オフに保留選手名簿を外れ、自由契約となった[7]。
斗山退団後
2026年3月18日、この年よりフューチャースリーグに参加する蔚山ホエールズへの入団が発表された[8]。
プレースタイル・人物
制球難が課題だが、緩急を駆使した投球を武器にした奪三振の数でカバーしてきた。