高橋永

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生年月日 (1975-08-30) 1975年8月30日(50歳)
出身校 神戸大学理学部生物学科
前職 株式会社博報堂アカウントディレクター
高橋 永
たかはし えい
2025年1月11日、
徳島小松島港赤石地区国際物流ターミナル整備事業着工式典にて
生年月日 (1975-08-30) 1975年8月30日(50歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都渋谷区
出身校 神戸大学理学部生物学科
前職 株式会社博報堂アカウントディレクター
所属政党立憲民主党重徳G)→)
中道改革連合
親族 三木武夫(祖父)
高橋紀世子(母)
公式サイト 高橋えい 立憲民主党 徳島県第1区総支部長
選挙区 比例四国ブロック徳島県第1区
当選回数 1回
在任期間 2024年11月1日 - 2026年1月23日
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高橋 永(たかはし えい、1975年昭和50年〉8月30日 - )は、日本政治家衆議院議員(1期)を務めた。

東京都渋谷区生まれ。祖父は第66代内閣総理大臣三木武夫、母は三木の娘で参議院議員を務めた高橋紀世子。父の高橋亘は医師で内閣総理大臣秘書官。青山学院高等部神戸大学理学部生物学科を卒業し、株式会社博報堂で勤務する[1]

2024年4月、次期総選挙となる第50回衆議院議員総選挙徳島1区から立候補する意向を示した。高橋は当初は前任の後藤田正純が徳島県知事に当選して支部長が空席になっていた自由民主党からの立候補も模索していたが、公募で自民党の同区支部長が現職議員の仁木博文に決定したこともあり、立憲民主党徳島県連により高橋の擁立を決定、同党の徳島1区支部長となった[2][3]

出馬に際して、自民党派閥の政治資金パーティー収入不記載事件を念頭に「三木が生きていたら、今の状況は看過できない」と主張した。「クリーン」を掲げた祖父の三木武夫に倣った政治改革に取り組み、次回選で政権交代を目指す考えを示した。[4]

その後、衆議院解散を受けて、同年10月27日に執行される第50回衆議院議員総選挙では立憲民主党公認で徳島1区から立候補。選挙区では自由民主党公認の前職候補・仁木博文に敗れたが、重複立候補していた比例四国ブロックで立憲民主党が1議席を獲得し、名簿登載順位1位の候補者のうち、惜敗率最上位(64.22%)となり、当選を果たした[5]

第51回衆議院議員総選挙を前に立憲民主党と公明党の衆議院議員による新党「中道改革連合」に参加したが、2026年2月8日の投開票の結果、再び仁木に敗れ、自民党の好調と中道の不振もあり比例復活もならず落選した[6]

資産公開

2025年4月7日に公開された衆院議員の資産等報告書によると、最も多かったのは高橋で東京都目黒区不動産5341万円(固定資産税課税標準額)、徳島県阿波市の土地・建物、有価証券をあわせて7709万円だった[7][8]

選挙歴

脚注

外部リンク

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