黄龍義
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | 台北県(現・新北市) |
| 生年月日 | 1979年2月20日(46歳) |
| 身長 体重 |
173 cm 75 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2001年 ドラフト3位 |
| 初出場 |
TML / 2001年 CPBL / 2003年3月7日 |
| 最終出場 |
TML / 2002年 CPBL / 2010年10月6日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| WBC | 2006年 |
この表について
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黄 龍義(ファン・ロンイ、こう りゅうぎ、Huang Lung-Yi、1979年2月20日 - )は、台湾(中華民国)の台北県(現:新北市)出身の元プロ野球選手(外野手)。右投げ右打ち。
輔仁大学から、2001年に台湾職業棒球大聯盟(TML)の高屏雷公に入団。
2002年のシーズン終了後に、台湾職業棒球大聯盟と中華職業棒球聯盟が合併し中華職業棒球大聯盟(CPBL)となり、2003年から第一金剛に移籍。
元々、守備と走塁に関しては得意であったが、打撃に関してはかつては粗さが目立っていた。しかし、La Newが強豪チームになるにつれて自身の打撃にも確実性が付き始め、2005年には初の3割を記録。
2006年の第1回WBCチャイニーズタイペイ代表に選出されている。
2007年には、盗塁王を獲得した。
2008年は、La Newの副キャプテンに任命された。同年は、開幕から絶好調で、7月15日はCPBL史上最速で100安打を記録。前年の高国慶に続く年間最多安打記録も期待された。しかし、8月以降失速し、記録はおろか最多安打のタイトルも逃してしまった。それでも自身2度目の3割を記録し、本塁打・打点も自己ベストを記録した。
2009年は、前年とは一転し、不振に終わり、2010年も前年より悪化し、シーズン終了後に引退した。
引退後は呉鳳科技大学野球部の打撃コーチに就任している。
選手としての特徴・人物
台湾を代表する俊足巧打の外野手。パンチ力も併せ持ちチームでは1番の他に3番を打つこともある。
国際大会の代表選出では1次選考には常にリストアップされるものの、最終選考で落とされる事が多く、これまで上記の第1回ワールドベースボールクラシック以外に代表経験がない。
ニックネームは「EZ」。由来は「黄龍義」と「黄容易」の北京語の読み方が似ており、「容易」の英訳「easy」と呼んだのが始まり。後に、現在の「EZ」で定着したが、その後も「easy」は使用しているらしい。