1958年の大洋ホエールズ

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1958年の大洋ホエールズ
成績
セントラル・リーグ6位
51勝73敗6分 勝率.411[1]
本拠地
都市 神奈川県川崎市
球場 川崎球場
球団組織
オーナー 中部謙吉
経営母体 大洋漁業
監督 迫畑正巳
« 1957
1959 »

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1958年の大洋ホエールズでは、1958年の大洋ホエールズの動向をまとめる。

この年の大洋ホエールズは、迫畑正巳監督の3年目のシーズンである。

迫畑監督3年目のチームは「今年は何とか最下位から抜け出す」と宣言して開幕。開幕ダッシュには失敗してBクラスに定着したが一時期は4位に上がるなど健闘し、8月までは5位に座っていた。しかし、打撃陣の貧打は相変わらず続き青田昇を除いて本塁打が出ず、投手陣でも前年28連敗で止まった権藤正利やエースの秋山登大石正彦などがローテーションを守って健闘するも9月以降は10勝16敗と負けが込んで広島に抜かれて最下位に転落。前述の投手陣は秋山、大石、ルーキーの鈴木隆が防御率ベスト10に入るなど健闘し、チーム防御率は2.75のリーグ4位で球団初の防御率2点台。打撃陣はチーム打率、安打、盗塁がリーグ最下位に終わった。結局大洋松竹時代の1954年から5年連続の最下位となり、迫畑監督は責任を取り辞任した。後任にはこの年球団社長としてフロント入りしていた早稲田大学野球部元監督の森茂雄が指揮を執ることになり、青田などのベテラン選手は引退あるいは自由契約などで大洋を去った。これによりチームは若手主体へと変貌し、1959年オフの西鉄三原脩監督の大洋入り、そして1960年の初優勝&日本一につながることになる。

大洋ホエールズの当年及び近年のシーズン成績
成績 リーグ 平均得点 打率 本塁打 本塁打率 盗塁 防御率 平均失点 開幕時監督
1958 レギュラー敗退6位51736.411.迫畑正巳
1957 レギュラー敗退6位52744.413.迫畑正巳
1956 レギュラー敗退6位43870.331.迫畑正巳
1955 レギュラー敗退6位31990.238.藤井勇
1954 レギュラー敗退6位32962.250.4.81永沢武夫
1953 レギュラー敗退5位52771.403.4.78小西得郎
1952 レギュラー敗退4位58620.483.4.72小西得郎
1951 レギュラー敗退6位40644.385.5.74中島治康
1950 レギュラー敗退5位69683.504.5.44渡辺大陸

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 沖山光利
2 引地信之
3 青田昇
4 児玉利一
5 小林章良
6 土井淳
7 中島執
8 芝野忠男
9 大石正彦
1958年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 大阪-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人--
2位 国鉄2.5 国鉄1.0 国鉄5.0 大阪4.5 大阪5.5 大阪5.5
3位 中日4.5 大阪2.5 大阪5.0 国鉄12.0 中日15.0 中日9.0
4位 巨人5.0 中日8.0 大洋12.0 中日12.5 国鉄16.5 国鉄17.5
5位 大洋5.0 大洋9.0 中日12.5 大洋16.5 大洋22.0 広島19.5
6位 広島7.0 広島9.5 広島16.5 広島20.5 広島25.0 大洋23.5
1958年セントラル・リーグ成績
順位球団勝率
優勝読売ジャイアンツ77521.597--
2位大阪タイガース72580.5545.5
3位中日ドラゴンズ66595.5289.0
4位国鉄スワローズ58684.46017.5
5位広島カープ54688.44319.5
6位大洋ホエールズ51736.41123.5

[1]

オールスターゲーム

ファン投票 選出なし
監督推薦 秋山登 鈴木隆 土井淳

できごと

選手・スタッフ

表彰選手

脚注

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