1966年の大洋ホエールズ

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1966年の大洋ホエールズ
成績
セントラル・リーグ5位
52勝78敗 勝率.400[1]
本拠地
都市 神奈川県川崎市
球場 川崎球場
球団組織
オーナー 中部謙吉
経営母体 大洋漁業
監督 三原脩
« 1965
1967 »

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1966年の大洋ホエールズでは、1966年の大洋ホエールズの動向をまとめる。

この年の大洋ホエールズは、三原脩監督の7年目のシーズンである。

前年4位から巻き返すべく、外国人をケン・アスプロモンテ南海から移籍のジョー・スタンカに一新するが、自慢のメガトン打線が沈黙し、またエースの秋山登が衰えた投手陣も崩壊。5月1日には佐々木吉郎が完全試合を達成するなど明るい話題もあったが、チームは開幕から最下位独走。一時はサンケイと入れ替わって5位に座るも、最後は息切れして優勝の巨人に37ゲーム、2位中日には24ゲームも付けられるなどさんざんな1年となった。投手陣は高橋重行稲川誠小野正一などがそれなりの成績を残したが、秋山は6勝8敗と負け越しに終わり、2ケタ勝利をあげたのは稲川だけでチーム防御率3.74のリーグ最下位。トップクラスの打撃陣はチーム本塁打が116本とまずまずだったものの、得点が巨人に100点以上つけられ428点のリーグ3位。最下位に終わった一方で、松原誠のレギュラー定着が明るい話題だった。対戦成績ではV2の巨人に同一カード14連敗を喫するなど5勝21敗と相性が悪かった一方で、阪神など3球団には13勝13敗の五分で健闘した。シーズン途中の6月6日には三原監督が検査入院のため休養するハプニングもあった。

大洋ホエールズの当年及び近年のシーズン成績
成績 リーグ 平均得点 打率 本塁打 本塁打率 盗塁 防御率 平均失点 開幕時監督
1966 レギュラー敗退5位52780.400.三原脩
1965 レギュラー敗退4位68702.493.三原脩
1964 レギュラー敗退2位80582.580.三原脩
1963 レギュラー敗退5位59792.428.三原脩
1962 レギュラー敗退2位71594.546.三原脩
1961 レギュラー敗退6位50755.400.三原脩
1960 日本一優勝70564.556.2.78三原脩
1959 レギュラー敗退6位49774.389.森茂雄
1958 レギュラー敗退6位51736.411.迫畑正巳
1957 レギュラー敗退6位52744.413.迫畑正巳
1956 レギュラー敗退6位43870.331.迫畑正巳

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 重松省三
2 近藤昭仁[注 1]
3 近藤和彦[注 2]
4 桑田武
5 黒木基康[注 3]
6 アスプロ
7 松原誠[注 4]
8 土井淳[注 5]
9 秋山登
1966年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 中日-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人--
2位 広島0.5 中日1.0 中日1.0 中日4.5 中日6.5 中日13.0
3位 サンケイ1.0 広島2.0 広島7.0 広島15.0 広島21.0 阪神25.0
4位 巨人1.5 阪神6.0 阪神13.0 阪神20.5 阪神26.5 広島32.0
5位 阪神3.5 サンケイ8.0 サンケイ14.5 サンケイ26.0 大洋30.0 大洋37.0
6位 大洋5.5 大洋10.0 大洋18.5 大洋27.0 サンケイ33.0 サンケイ
1966年セントラル・リーグ成績
順位球団勝率
優勝読売ジャイアンツ89414.685--
2位中日ドラゴンズ76542.58513.0
3位阪神タイガース64665.49225.0
4位広島カープ57736.43832.0
5位大洋ホエールズ52780.40037.0
5位サンケイアトムズ52785.40037.0

[1]

オールスターゲーム

ファン投票 選出なし
監督推薦 松原誠 近藤和彦

できごと

選手・スタッフ

表彰選手

脚注

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