1989年の国際F3000選手権

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1989年の国際F3000選手権
前年: 1988 翌年: 1990
1989年の国際F3000選手権においてドライバーズタイトルを獲得したジャン・アレジ

1989年の国際F3000選手権は、FIA主催のフォーミュラ3000選手権、5年目のシーズン。4月9日のシルバーストンで開幕し、10月22日のディジョン・プレノワで閉幕した。シリーズチャンピオンはジャン・アレジフランス)が獲得した。アレジはこの年の後半、ティレルからF1に参戦した。

開幕戦シルバーストンでは、前年度の眼疾患から復帰したトーマス・ダニエルソンが優勝した。第2戦のヴァレルンガではマーティン・ドネリーが勝利したが、使用されたノーズパーツがクラッシュテストで合格していない物だとして失格となった。エディ・ジョーダン・レーシングレイナードのノーズコーンに改修を行ったが、クラッシュテストを通過していなかったため起きた失策だった[1]。繰り上がりでファースト・レーシングファブリツィオ・ジョヴァナルディの初優勝となった。

ポー・グランプリではエリック・ベルナールが中断後の再スタートでEJRの2台、ジャン・アレジとドネリーを抑えた。しかしながらベルナールはポール・ベルモンドのクラッシュに絡み、アレジが優勝した。ベルナールはコースに復帰したものの2位争いの間にマーク・ブランデルと接触、リタイアした。ベルナールは次戦のヘレスで優勝する。続くエンナ・ペルグーサではアンドレア・キエーザが接戦を制した。

一方で3名のF3000ドライバー(アレジ、ベルナール、ドネリー)が7月に行われたF1第7戦フランスGPF1デビューを果たした。ティレルをドライブしたアレジは4位という特に印象的な結果を残した。彼はF3000のスケジュールが許す限りF1参戦を継続することとなった。

EJRは続く3戦を制し、アレジのタイトル獲得が濃厚となった。ライバルのエリック・コマスル・マンで勝利しアレジは1ポイントとなったが、最終戦でコマスが優勝して同ポイントとなっても勝利数で上回っているためタイトルを確定した。アレジは日本グランプリに出場するため最終戦のディジョン・プレノワを欠場した。

開催スケジュール

ラウンドサーキット開催国開催日周回数距離タイムスピード優勝者ポールポジションファステストラップ
1シルバーストン・サーキットイギリスの旗 イギリス4月9日414.778=196.308 km0'55:31.92211.73 km/hトーマス・ダニエルソンフィリップ・ファーブルフィリップ・ファーブル*
2ヴァレルンガ・サーキットイタリアの旗 イタリア4月30日643.2=204.80 km1'13:08.797167.991 km/hファブリツィオ・ジョヴァナルディ*マーティン・ドネリーマルコ・アピチェラ
3ポー市街地コースフランスの旗 フランス5月15日722.76=198.72 km1'28:51.90134.173 km/hジャン・アレジマルコ・アピチェラエリック・ベルナール
マルコ・アピチェラ
4ヘレス・サーキットスペインの旗 スペイン6月4日484.218=202.464 km1'18:28.48154.80 km/hエリック・ベルナールエリック・ベルナールエリック・ベルナール
5エンナ・ペルグーサイタリアの旗 イタリア7月23日394.95=193.050 km0'58:54.5196.626 km/hアンドレア・キエーザジャン・アレジマーティン・ドネリー
6ブランズ・ハッチイギリスの旗 イギリス8月20日484.19=201.12 km1'02:03.76194.15 km/hマーティン・ドネリーエリック・コマスエリック・ベルナール
7バーミンガム市街地コースイギリスの旗 イギリス8月28日513.975=202.725 km1'11:48.98169.36 km/hジャン・アレジジャン・アレジジャン・アレジ
8スパ・フランコルシャンベルギーの旗 ベルギー9月16日286.94=194.30 km1'02:40.93186.005 km/hジャン・アレジエリック・コマスエリック・コマス
9ル・マンフランスの旗 フランス9月24日464.267=196.0 km1'12:31.43168.59 km/hエリック・コマスエリック・ベルナールエリック・コマス
10ディジョン・プレノワ・サーキットフランスの旗 フランス10月22日543.8=205.2 km1'05:07.20189.066 km/hエリック・コマスエリック・ベルナールエリック・コマス

注:

  • Race 1: J.J.レートファステストラップを記録したが、事前に認可を受けていないレブリミッターを使用していたためレース後に失格となり記録が抹消された[2]
  • Race 2: マーティン・ドネリーがレースで勝利したが、使用したノーズコーンが義務づけられたクラッシュテストを通過していなかったため失格となり、2位以下の順位が繰り上がった。

レース結果とランキング

シーズン概観

参照

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