TBS土曜10時枠の連続ドラマ

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TBS土曜10時枠の連続ドラマ(ティービーエスどようじゅうじわくのれんぞくドラマ)は、1964年5月から1966年6月、1969年4月から1980年9月、1987年10月から1988年3月までTBS系列が土曜22時台に編成していたテレビドラマ放送枠である[独自研究?]

1964年5月から1966年6月および1987年10月から1988年3月まではTBS[1]が、1969年4月から1975年3月までは朝日放送 (ABC) が、1975年4月から1980年9月までは毎日放送 (MBS) が作品製作を担当していた。

1964年5月に、それまでの30分枠2本[どれ?]を統合する形で新設。TBS製作時代(第1期)には2年あまりの間に8作品を放送したが、1966年7月から映画番組の『土曜ロードショー』が編成されたことにより、この時間帯でのドラマの放送は一旦終了した。

その後、1969年4月に『土曜ロードショー』が金曜19:30枠へ移動したことにより、それまで金曜20時台に編成されていたABC製作のドラマ枠がこの時間帯へ移動する形で復活した[独自研究?]

TBS土曜22時台でのドラマ枠復活の背景には[要出典]、当時『土曜ロードショー』の裏番組となっていた『大奥』(フジテレビ系列。製作:関西テレビ東映)が最高で30%以上を記録するほどの高視聴率を獲得していた。このため、この事態に危機感を抱いていたTBSの上層部がこれに対抗すべく編成を動かした上で、『土曜ロードショー』を金曜19時台後半から21時台前半に移動させ、逆に金曜20時台のドラマ枠を土曜22時台に、金曜21時台前半のドラマ枠を(『東洋チャンピオンスカウト』を枠移動・時間短縮させた上で)木曜21時台後半に移動させたものと見られている[誰によって?][要出典]。当時はTBS製作の『娘すし屋繁盛記』を金曜21時からの30分枠で放送していたが、木曜21時台後半へ移動した際に放送枠を45分に拡大。そして同作品の終了後にABC製作ドラマ枠となった。

ABC製作時代初期には『悪一代』『天保つむじ風』『魔像・十七の首』『戦国艶物語』などの時代劇を放送していたが、制作費の高騰と視聴率の低迷に伴い、1970年5月から現代ドラマの放送へ移行した[要出典]。特に同年10月から放送した『お荷物小荷物』は、それまでのテレビドラマの常識を破る試みが幅広い視聴者に受け入れられ、高視聴率を獲得するほどの人気番組となった。またその後、木枯し紋次郎』に対抗する形でスタートした『必殺仕掛人[要出典]に端を発する『必殺シリーズ』が人気を呼んだ。

1975年春のネットチェンジでMBS製作枠となってからは、『影同心』シリーズや角川春樹事務所と提携したサスペンス系ドラマなどが放送された。特に1977年の『横溝正史シリーズ』は、ブームの頂点と時期が一致したこともあって最高40%の大ヒットとなる[要出典]。しかし、その後は次第に低下傾向をたどったため、時代劇復帰を試みるがうまくいかずに[要出典]MBSは本時間枠のドラマ製作から撤退[2]。その後、TBS製作枠となったこの時間帯では『JNN報道特集』がスタートし、しばらくの間ドラマは放送されなかった。

その後、1986年9月限りで廃止された土曜21時台の連続ドラマが、1987年秋の改編でこの土曜22時台に復活した[独自研究?]。土曜21時台時代と同じく1時間枠の連続ドラマが放送されたが、連続ドラマの放送はわずか半年で終了した。
ドラマの放送自体はその後も続き、1988年4月から単発2時間ドラマの放送枠となり、サスペンス系中心の『土曜ドラマスペシャル』設定後、1989年10月より『ドラマチック22』が1991年3月まで放送された。

放送作品一覧

脚注

参考文献

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