すかいらーくホールディングス
日本の東京都武蔵野市にある外食チェーン企業を統括する持株会社
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株式会社すかいらーくホールディングス(英: SKYLARK HOLDINGS CO., LTD.)は、東京都武蔵野市に本社を置きレストラン事業を展開するすかいらーくレストランツやトマトアンドアソシエイツ、資さんなどを傘下に持つ日本の純粋持株会社。
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すかいらーくグループ三鷹第3オフィス すかいらーく本社 | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 機関設計 | 監査等委員会設置会社 |
| 市場情報 | 旧法人:株式会社すかいらーく |
| 略称 | すかいらく |
| 本社所在地 |
〒180-0013 東京都武蔵野市西久保1丁目25番8号 北緯35度42分27.8秒 東経139度33分28.5秒 |
| 設立 | |
| 業種 | 小売業 |
| 法人番号 | 2010001138365 |
| 事業内容 | フードサービス事業全般、その他周辺事業 |
| 代表者 |
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| 資本金 | 25,134百万円(2024年12月) |
| 発行済株式総数 | 197,502,200株 |
| 売上高 |
連結:4011億3000万円 (2024年12月期) |
| 営業利益 |
連結:241億8400万円 (2024年12月期) |
| 純利益 |
連結:139億6500万円 (2024年12月期) |
| 純資産 |
連結:1733億7200万円 (2024年12月期) |
| 総資産 |
連結:4708億6600万円 (2024年12月期) |
| 従業員数 |
連結:正社員6,364名、クルー106,232名 (2025年6月30日現在) |
| 決算期 | 毎年12月31日 |
| 主要株主 |
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 11.93% (2022年12月31日現在) |
| 主要子会社 | 「#グループ企業」参照 |
| 外部リンク |
corp |
| すかいらーくホールディングス | |
|---|---|
| YouTube | |
| チャンネル | |
| 活動期間 | 2016年 - |
| 登録者数 | 1.88万人 |
| 総再生回数 | 43,967,628回 |
| チャンネル登録者数・総再生回数は 2026年2月3日時点。 | |
概説
歴史
食品スーパーとして創業
1962年、東京都北多摩郡保谷町(現在の西東京市)のひばりが丘団地に、横川端・茅野亮・横川竟(きわむ)・横川紀夫の横川家(横川4兄弟)が、食料品を取り扱うスーパーとして「ことぶき食品」を創業[2][3]。場所が悪いとされ「誰がやっても潰れる店」と週刊誌で取り上げられていたが、実際に交通量調査をして商機があると判断し開店した[2]。
まだ「コンビニエンスストア」という言葉もなかった時代に「食品の便利屋」として、核家族主体の団地住民に合わせ食品を小分け販売するなど、「ことぶき食品」は地域に根ざしたスーパーとして支持を得ることに成功した[3]。清瀬に4号店、国分寺に6号店を出店し、店舗も1店ずつ増え経営は軌道に乗り掛け[3]、兄弟4人で「日本一のスーパーになれるのではないか」と話したこともあった[4]。
しかし、当時の高度経済成長期には大駐車場を完備した大型店舗の総合スーパー(GMS)の進出が各地で進み、国分寺駅前に西友が進出したことで「ことぶき食品」の経営を直撃。「西友には勝てない」と判断してスーパー廃業を決めた[5]。
他業態への転換を模索する中で、当時の日本の外食産業のレベルの低さを感じ「食の分野で日本一になることが兄弟4人の夢」と考えて外食産業への参入を決めた[5]。経営研究団体ペガサスクラブのアメリカ視察に参加し、ビッグボーイやデニーズを見学した[5]。兄弟4人でファミリーレストランかファストフードか意見が割れ、マクドナルドの日本への導入も検討した[5]が、ライセンス契約に3億円かかると言われて断念。ファミリーレストランに落ち着いた[6]。
アメリカでは既にモータリゼーションが進み、郊外型のレストランが繁盛している点に着目。日本でもマイカーブームが急速に進み始めているところに商機を見出し、マイカーで移動するファミリー客をターゲットとしたレストランが考案された。
すかいらーく開店

大手銀行からの融資は受けられなかったため、田無農業協同組合(現・東京みらい農業協同組合)から融資を受け[6]、新興住宅地として開発が進んでいた東京都府中市の甲州街道(国道20号)下り側沿いに土地を購入[7]。
1970年7月7日、日本における郊外型ファミリーレストランの先駆けとなるスカイラーク1号店である国立店を開業した[6]。開店当時の店舗外観は、大きな三角屋根に天井まで張られたガラス窓といったアメリカンなものだった。店舗名は「国立店」だが、所在地は府中市西府町5丁目であり、店の近隣に国立市の市境がある[8]。同店は「ガスト国立店」として長年営業していたが、2024年1月8日に閉店した[9]。
社名および店名には、ことぶき食品創業地の「ひばりが丘団地」と、1号店の所在地である府中市の鳥がヒバリである[10]ことにちなみ[6]、ヒバリの英語名"skylark"が採用された[6][11]。創業時は「スカイラーク」とカタカナ表記で、イメージが堅いことと、車のスカイラインに似ているという理由からのちに平仮名表記に変更された。
オープン当時のメニューには、洋風レストランの一番人気であるハンバーグを発展させた「ハンバーグ&エビフライ」「ハンバーグ&カキフライ」などがあった。同じ皿に盛り付けて登場したハンバーグ&エビフライは当時のレストラン業界では前代未聞で初めてとなったが、利用客からの評判は良好だった。「ハンバーグメニュー」では当時の競合レストランが実施していた加熱した鉄板で提供する工程を廃止し、普通のミート皿で盛り付けを行った。
すかいらーくは多摩地域で店舗を増やし、本部があり初期にセントラルキッチンの機能を果たしていた国分寺店のほか、小金井店、武蔵野店も出店した[12][13]。三鷹店が地元の暴走族のたまり場となり、暴走族のリーダーだった調布の八百屋の息子と創業者が直談判したこともあった[12]。1号店出店前から「三多摩30店計画」として本部のある国分寺から放射状に幹線道路沿いに出店する計画を立て、1970年は「甲州街道作戦」、1971年は「青梅街道作戦」、1972年は「五日市街道作戦」という立地戦略だったが、当時の五日市街道は道路の流れが良くなかったためうまくいかなかったという[13]。
すかいらーくグループ成長期
横川4兄弟が外食産業への参入を決めた契機として、アメリカ視察などを通じて「日本の外食産業のレベルが低い」と感じた背景について、横川竟は「おいしい店に行けば値段が高い、安い店はまずくて汚くろくに挨拶もしないようなところばかり。我々は、きれいできちんと挨拶もして高いものは売らない店にすることを目指しました。きれいで良いサービスで速いということです」と語っている[13]。実際には専門のシェフもいなかったため、三井グループの会員制クラブ三井倶楽部のシェフだった番場善勝に指導を仰ぐことになった[12][13]。番場は後にすかいらーくに招かれ、常務となっている[13]。

ファミリーレストランとしてのオペレーションの基礎が固まり、このビジネスモデルを生かした多店舗化を検討するが、当時の新興企業すかいらーくが地元の取引銀行から融資を得る事は容易でなく、土地を所有するオーナーと長期にリース契約を結びオーナー側が店舗建築費を負担、すかいらーく側が通常の土地リース代と店舗の使用料を含む割増の家賃を支払うリースバックシステムを開発する。この試みも実際には容易でなかったが、すかいらーく店舗へ土地オーナーを招待し、繁盛している様子を実際に見せて契約を取り付けるなどの努力を重ねた。
1974年には、埼玉県・神奈川県・千葉県に各30店舗を出店する「首都圏100店構想[13]」を発表。1976年に埼玉県東松山市にセントラルキッチンを作る前には「関東300店構想」を掲げた[13][14]。
1981年、ファミリーレストランの大規模チェーン初のPOSシステムを日通工と共同開発し全店で導入した。これにより、既存の手書き伝票による利用客からのオーダー受けが客席におけるハンディーターミナルのボタン入力で完了し、メニューの販売履歴の管理、在庫管理・発注がシステム化され、効率的な店舗運営が可能になった。このシステム化の成功により、少人数での対応によるローコストオペレーションへの改革と多店舗化に弾みが付くこととなった。
1980年代半ば、それまでのチェーンレストランには無かった斬新な和食メニュー「麦とろご飯膳」を発表した。世の中のヘルシー嗜好などに即したとろろを取り入れたため、ファミリー層を中心に売れ筋メニューとなった。以後、すかいらーくは和食メニュー開発に積極的に取り組み、「きのこ雑炊」「チキンもろみステーキ」「まぐろ丼」など、自社のセントラルキッチンをフル活用したヒット商品を作り出した。
時代の変化や消費者ニーズの多様化に応え、1980年4月にコーヒーショップ「ジョナサン」1号店(練馬高松店)をオープン[15]。1982年にはアーリーアメリカン調のカジュアルレストラン「イエスタデイ」など斬新なコンセプトのレストランを開店させた。イエスタデイはチェーン展開されたものの、現在はすべて閉店またはガストなどに転換している。
1986年4月には中華料理「バーミヤン」1号店(鶴川店)をオープン。その後も和食レストラン「藍屋」「夢庵」など新業態を開発し、レストラン業界のリーディングカンパニーとして成長を続けた。1993年、すかいらーくグループは外食産業のうちテーブルサービスレストランとして初の1,000店舗出店を達成した。
ガストへの大規模転換

1992年、バブル崩壊後当時の低迷を打開すべく、当初は高級路線の実験店舗ブランドだった「ガスト」を、低価格の新業態として東京都小平市に1号店を開店した。この1号店はのちに閉店し、隣に新しくバーミヤン小平仲町店[16]が建てられている。
「ガスト」の店名は、スペイン語・イタリア語で「味」を意味する"gusto(グスト)"を英語読みしたものである。
ホールでは当時としては珍しいセルフサービスのドリンクバーやワイヤレス型呼び出しベルの導入。キッチンではスーパーキッチンなどで実験中だったコンベアオーブンを導入した。価格や性能などの問題で日本製ではなく、米国のリンカーン社製のものを採用した。その他、料理の出し方の変更、各ポジションなどのプリンターによる作業開始などの工夫により、より少ない従業員での運営を可能にし、すかいらーくで懸案となっていた高騰する人件費率を抑えるなどして低価格を実現した。店員の服装はジーンズにポロシャツ、缶バッジ、スニーカーというカジュアルなスタイルとなった。


1993年には、当時720店あった「すかいらーく」のうち420店舗を約1年でガストに転換。「おいしい料理を、ポピュラープライスで、自宅のダイニング感覚でお食事を」をコンセプトに、客単価を大幅に下げたために1993年ごろには業界で「ガスト化」「ガスト現象」など呼ばれるブームを巻き起こした。
しかし、セルフサービスの導入などの効率化は客席放置につながり、メニューが飽きられ客層も悪化し、1994年ごろには早くも業績が落ち込んだ。これに対し、当初より過剰なセルフ化などサービスのレベルダウンには反対していた当時の社長茅野亮は大いに危機感を抱き、「ブラッシュアップキャンペーン」としてサービスや調理の基本を見直し、価格も都市型・地方型と分けていった。
1998年には「ガストビジョン」と呼ぶ42インチプラズマディスプレイを設置し、衛星放送などを放映した。これは2007年に運用終了した。
2001年1月25日には駐車場設備機器の販売・保守を行う株式会社ジェイ・シー・エムが手掛けるマルチメディア端末「プラスe」を東京都武蔵野市のガスト関前店に試験導入[17]、2002年4月までにガスト全店舗に導入した[18]。これは2005年に運用終了している[19]。
2001年12月12日、沖縄県那覇市に那覇新都心店をオープン(2021年9月20日閉店)。単一ブランドのファミリーレストランチェーンとしては初となる全都道府県出店を達成した。
2003年11月30日、八王子寺町店をオープン。単一ブランドのファミリーレストランチェーンとしては初となる1000店舗を達成した。
中期5か年計画事業計画とM&A
2004年度に発表した中期5か年計画の主な事業目標では、グループ売上高を2009年度までに1兆円企業体を目指すことが記された。M&A戦略を今後も積極的に実施し、既存のすかいらーくグループ部門で約5,500億円、残りの部分をM&Aによる買収した傘下企業体との相互効果で「成長」があっての予測値ではあるので、今後MBOを実施してまで進める不採算部門の閉店・事業転換の成否が他の大手外食産業に注視された。
すかいらーくグループ事業改革
2006年6月に、創業家である横川家を中心としたマネジメント・バイアウト(MBO)を行い、非上場化することを発表[20]。バブル期の無駄な投資や創業者兄弟の様々な個人事業なども原因となり、それを乗り切るためのMBOだった[20][21]。MBOを発表した会長の横川竟は、MBO後5年目の決算で再上場する考えだった[22]。総費用が2700億円を超え、日本最大規模のMBOとなった。MBOを行う理由は「外食産業の市場が縮小する一方で競争が激化しており、すかいらーくの業績も悪化していることから、店舗の統廃合、新しい業態の創造など抜本的な事業再構築をする必要があること、そのために短期的に利益を圧迫するなど5万人を超える株主の要望に応えることができないおそれがあるため」としていた。
MBOは、まず野村ホールディングス株式会社の完全子会社である野村プリンシパル・ファイナンス株式会社の子会社であるSNCインベストメント株式会社が、2006年6月9日から7月10日の32日間にわたり株式公開買い付け(TOB)を実施した。94.38%の株式の応募がありTOBは成立し、7月21日の株式引渡しでSNCインベストメントが筆頭株主となった。この後9月19日に上場廃止、10月1日に産業活力再生特別措置法(7月12日に計画認定)に基づく金銭交付による株式交換を実施、SNCインベストメントがすかいらーくを完全子会社化した。さらに創業家や従業員の出資を受けた後、2007年7月1日にSNCインベストメントがすかいらーくを吸収合併、新生すかいらーくが誕生した。
2006年12月1日、すかいらーく会長・横川竟が2007年1月1日付で社長に就任、会長職は兼務する人事を発表した。現職の社長伊東康孝はすかいらーく副会長兼バーミヤンカンパニーCOOに就任し、収益が悪化しているバーミヤンの立て直しを図るが業績回復は果たせず、翌2007年8月31日付で伊東は副会長ならびにバーミヤンカンパニーCOOを引責辞任し特別顧問に退いた。これにより、横川竟が会長兼社長兼CEOに就任しワンマン体制となる。同年10月1日付で機構改革・人事異動を行うと発表、これまでのカンパニー制度を廃し持株会社移行を中止、新設する10本部による機能別組織運営体制に移行するとともに、会長職を廃して横川竟は社長兼CEOとなった。
創業者の解任と「すかいらーく」店舗消滅
横川竟の再建計画は原材料価格の高騰で暗礁に乗り上げ、サントリーや伊藤忠商事からも増資の約束を取り付けたものの[23]、SNCインベストメントが横川の解任を模索。労働組合も投資会社に同調し、横川の解任条件だった融資銀行団の同意も取り付けた。野村證券の副社長から創業者4兄弟に対し、横川竟の社長退任を求める申し入れがあったが、横川竟は「MBOの際の約束と違う」とこれを拒否した[23]。
2008年8月12日、臨時株主総会と取締役会が開かれ、野村プリンシパル・ファイナンスとCVCキャピタルパートナーズが提案した、横川竟社長の解任と谷真常務執行役員の社長就任が決議され、横川竟は社長を解任された[23]。創業者兄弟も同時にすかいらーくの経営から退いている。同時に鬼沢修取締役(株式会社ジョナサン社長)も本人の意向により辞任し、野村グループなど株主が主導する再建策へ移行した。
野村プリンシパル・ファイナンスは、現存の「すかいらーく」をすべて「ガスト」へ転換することを発表。2009年10月29日、最後の「すかいらーく」だった川口新郷店(埼玉県川口市)の閉店により、創業時からの主力だったブランドとしての「すかいらーく」店舗はすべて消滅した[24][25]。
すかいらーくを解任された創業者の横川竟は、2013年6月1日に東京都八王子市高倉町で高倉町珈琲1号店となる八王子店[26]を開業、翌2014年4月28日には株式会社高倉町珈琲を設立[27]してチェーン展開している。
ガスト、バーミヤンなど3,000店舗のうち苦戦する約150店舗を「夢庵」の他、ニラックスに移管した上で「しゃぶ葉」、「むさしの森珈琲」などに転換する方針[28]。
純粋持株会社化
2015年から2016年にかけて、「グループ経営を高度化させグループの競争力を高めるため」として、会社分割による持株会社体制への移行が行われた。分割準備会社として2015年9月17日に「すかいらーく分割準備株式会社」を設立。2016年1月1日付で分割準備会社が、すかいらーくのレストラン事業を吸収分割の形で承継。商号を「株式会社すかいらーくレストランツ」に変更し、すかいらーくの純粋持株会社への移行は完了した[29]。
24時間営業の見直し
すかいらーくグループは2020年1月20日、全店での24時間営業廃止や深夜営業時間短縮などを盛り込んだ働き方改革施策を発表した[31][32]。すかいらーくグループでは2020年1月から4月にかけてこの施策を実施する方針を打ち出していたが[32]、奇しくも2020年4月に新型コロナウィルスによる政府の非常事態宣言発令に伴い、飲食店に対して営業時間短縮要請が出されたことにより、深夜時間帯の営業を取りやめる事となった。2020年7月1日からは全ての店舗が23:30までに閉店となった[33]。その後、緊急事態宣言などの発令状況によって営業時間の短縮を行う地域も存在した。
2023年3月より、徐々に深夜営業を再開させていき[34]、当初廃止の方針としていた24時間営業やそれに準ずる長時間営業の店舗も再開させるとしている。
感染対策の強化
新型コロナウイルスの感染防止と店員の作業負担を減らすため、2022年末までに約2,000店舗でプードゥ・ロボティクスの配膳ロボット「BellaBot」を導入する。主力業態「ガスト」の一部や「しゃぶ葉」全店の計約1,000店に導入する[35]。2022年末までに「バーミヤン」などにも導入し、約2,000店舗に達する見通し。国内約3,000店の6割以上で配備する[36]。
すかいらーくポイント
2024年5月16日より、すかいらーくアプリで使える電子ポイントカードである。すかいらーくグループで利用が可能であり、200円ごとに1ポイントためられて、使うことも可能。すかいらーくポイント以外にも、共通ポイントの楽天ポイント・Vポイント・dポイントも利用可能である[37]。
キャッシュレス決済
2024年12月10日より、店舗のテーブルに置かれた卓上タブレットでクレジットカード決済が可能になった。これにより、レジに行かずに会計が可能となった。キャッシュレス決済に関しては、既にPayPayが先行して対応し、4月18日よりd払い、楽天ペイ、メルペイでも会計可能になっていた[38]。
沿革
創業 - 1990年代
- 1962年4月 - 横川端・茅野亮・横川竟(きわむ)・横川紀夫の横川4兄弟が、東京都北多摩郡保谷町(当時)ひばりが丘団地に、前身となる食料品店「ことぶき食品有限会社」を設立。
- 1969年7月 - 「株式会社ことぶき食品」に改組。
- 1970年7月 - 東京都府中市に「スカイラーク」1号店となる国立店を開店(のち平仮名表記「すかいらーく」へ改称)。
- 1974年11月 - 「株式会社すかいらーく」へ商号変更。
- 1982年 - 株式会社すかいらーく・イエスタディ事業部として「イエスタディ」開店(のち全店が閉店またはガストなどへ転換)。
- 8月 - 東証二部上場。
- 1984年10月 - 東証一部上場。
- 1985年12月 - 株式会社藍屋を設立。
- 1986年4月 - 東京都町田市に、バーミヤン1号店(鶴川店)開店。
- 1992年3月 - 東京都小平市に、ガスト1号店となる小平店を開店(のち閉店、隣にバーミヤン仲町店を新築)。
2000年代
2010年代
- 2011年
- 10月21日 - アメリカの投資ファンドであるベインキャピタルが、野村プリンシパル・ファイナンスなどから株式を取得し、買収することを発表[39]。
- 11月30日 - ベインキャピタル傘下の株式会社BCJホールディングス6(株式会社BCJホールディングス5の完全子会社)の子会社となる。
- 2012年
- 4月20日 - 株式会社BCJホールディングス6の完全子会社となる。
- 6月1日 - 株式会社BCJホールディングス6が、株式会社すかいらーく(旧・SNCインベストメント株式会社)を吸収合併し、同時に「株式会社すかいらーく(3代目)」に商号変更。
- 2014年
- 7月1日 - 株式会社BCJホールディングス5が、株式会社すかいらーく(旧・株式会社BCJホールディングス6)を吸収合併し、同時に「株式会社すかいらーく(4代目)」に商号変更。
- 10月9日 - 東証一部に再上場。
- 2015年9月17日 - 会社分割による持株会社体制への移行のため、分割準備会社「すかいらーく分割準備株式会社」を設立。
- 2016年1月1日 - 分割準備会社がすかいらーくから吸収分割によりレストラン事業を承継し、営業を開始。同日付で商号を「株式会社すかいらーくレストランツ」に変更し、持株会社体制に移行する。
2020年代

歴代社長
| 代 | 氏名 | 任期 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1 | 茅野亮 | 1969年 - 2001年 | すかいらーく国立店を皮切りに、全国にファミリーレストランを展開して成功させた。 |
| 2 | 伊東康孝 | 2001年 - 2007年 | バーミヤンをグループ第2の柱に育てることに尽力した。 |
| 3 | 横川竟 | 2007年 - 2008年 | すかいらーく創業者の一人。 |
| 4 | 谷真 | 2008年 - 2023年 | |
| 5 | 金谷実 | 2023年 - 2026年 | 野村証券→野村プリンシパル・ファイナンス出身。 |
| 6 | 佐藤拓男 | 2026年 - | すかいらーくホールディングス役員未経験(台湾子会社のトップを歴任)[47]。 |
グループ企業
特記なき限り全て株式会社。
レストラン事業
- 国内
-
- すかいらーくレストランツ
- ニラックス - 「グランブッフェ」「ブッフェエクスブルー」「フェスタガーデン」「くし葉」「ペルティカ」などを展開
- トマトアンドアソシエイツ
- 資さん
- しんぱち - 「しんぱち食堂」を展開
- 海外
その他
- フロジャポン - 商業施設内及び駅構内のケーキ・惣菜販売事業、フランス料理を基本とした洋菓子・洋惣菜を提供する「フロプレステージュ」を展開
- すかいらーくD&M - 店舗清掃・保守、売店商品納入など
- ジャパンカーゴ - 運送事業
過去のグループ企業
問題・不祥事
食中毒の発生
非正規雇用の契約店長が過労死
2008年、埼玉県久喜市の「すかいらーく」店舗の男性店長(30代)が脳出血で死亡、春日部労働基準監督署に過労死として労災認定された[49][50]。同社では、2004年8月にも男性店長(40代)が過労死している[49]。
冷凍食材の不衛生な場所での解凍
2020年、福岡県北九州市のガスト店舗で冷凍ハンバーグが可燃ごみ箱の上で自然解凍されていたこと、また佐賀県唐津市のガスト店舗でも冷凍ピザをプラスチック箱ごと地面に置いて自然解凍していたことが、翌2021年5月に発覚しマスコミで報道された[51]。
ガスト店内で店長とパート女性が不倫行為
2021年、東京都内のガストの店舗マネージャーとパート主婦(共に30代)が不倫関係となり、店内の客席で複数回にわたり性行為に及んでいたことが判明。コロナ禍による緊急事態宣言発令下の時期で営業時間が短縮される中、閉店後の店内で行為を繰り返しており、翌2022年に発覚しマスコミで報道された[52]。
労働時間5分未満を切り捨てで賃金未払い
2022年6月、すかいらーくホールディングスがアルバイト・パートの労働時間を5分未満切り捨てで賃金計算していたことが判明。過去2年分の未払い賃金は約16億円から17億円に及び、同社はこれを遡及して支払うとともに、翌7月からは1分単位の計算に改めるとしたた[53]。
ジョナサン店長のパワーハラスメントによる従業員肋骨骨折事件
2022年に発覚したこの事件では、被害者の訴えに対し、すかいらーくホールディングスが会社ぐるみでの黙殺・隠蔽を図ったことも問題視され、事件が大きく報道されると同社は公式サイトに謝罪文を掲載した[54]。詳細は当該記事を参照。
しゃぶ葉で薄い肉を提供
2026年4月、しゃぶ葉で提供された肉が薄すぎるとして、SNS上で画像が投稿され拡散された。同月20日、すかいらーくホールディングス広報室は、J-CASTニュースの取材に対し、しゃぶ葉の一部店舗において、本来定めている提供基準(肉の厚さ)と異なる状態で肉が提供されていた事実を認めて謝罪した[55]。
参考文献
- 『外食王の飢え』(著者:城山三郎)(1982年10月1日、講談社)ISBN 9784062001427 - 作品中の「サンセット社」がすかいらーくをモデルにしているとされる。
- 『外食王の飢え』(著者:城山三郎)(1987年2月15日、講談社 講談社文庫)ISBN 9784061839250
- 『残酷外食業界戦争』(著者:安藤政秀)(1987年3月25日、エール出版社)ISBN 9784753907564
- 『いらっしゃいませ 25th anniversary すかいらーく25年のあゆみ』(編者:すかいらーく二十五年史編纂委員会)(1987年12月、すかいらーく)
- 『すかいらーく「人間活性」の現場』(著者:安藤政秀)(1988年10月25日、講談社)ISBN 9784061928312
- 『すかいらーく・ここまでバラせばクビがとぶ 現職幹部社員の怒り!!』(著者:須貝良久)(1994年11月22日、あっぷる出版社)ISBN 9784871771276
- 『外食産業を創った人びと―時代に先駆けた19人』(編者:「外食産業を創った人びと」編集委員会)(2005年5月10日、日本フードサービス協会)ISBN 4785502738
- 『日本の外食産業 2005年度版』(編者:月刊食堂編集部)(2005年6月1日、柴田書店)ISBN 4388153052
- 『なるほど納得! ザ外食物語』(著者:村本信幸)(2006年11月30日、幸書房)ISBN 9784782102718
- 『「名ばかり店長」「名ばかり労組」じゃたまらない 「すかいらーく」「マクドナルド」「JOMO系GS」の罪と罰 過労死・労災の実態と闘い(編者:過労死をなくそう!龍基金)(2008年10月15日、同時代社)ISBN 9784886836342
- 『ファミレスは進化する!』(著者:梅谷羊次)(2010年12月10日、商業界)ISBN 9784785503901
- 『すかいらーく創業者が伝える「売れて」「喜ばれて」「儲かる」外食業成功の鉄則』(著者:横川竟)(2013年2月1日、エフビー)ISBN 9784903458106