アスカクリチャン
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| アスカクリチャン | |||||||||
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第57回産経大阪杯パドック(2013年3月31日) | |||||||||
| 欧字表記 | Asuka Kurichan[1] | ||||||||
| 香港表記 | 飛鳥阿栗 | ||||||||
| 品種 | サラブレッド[1] | ||||||||
| 性別 | 牡[1] | ||||||||
| 毛色 | 鹿毛[1] | ||||||||
| 生誕 | 2007年4月11日(19歳)[1] | ||||||||
| 抹消日 | 2014年11月12日 | ||||||||
| 父 | スターリングローズ[1] | ||||||||
| 母 | ローレルワルツ[1] | ||||||||
| 母の父 | ダイナレター[1] | ||||||||
| 生国 |
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| 生産者 | つつみ牧場[1] | ||||||||
| 馬主 |
上野武 →栗本博晴 [1] | ||||||||
| 調教師 | 須貝尚介(栗東) | ||||||||
| 厩務員 | 阿南勝[2] | ||||||||
| 競走成績 | |||||||||
| 生涯成績 | 46戦7勝[1] | ||||||||
| 獲得賞金 | 2億4083万4000円[1] | ||||||||
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アスカクリチャン(欧字名:Asuka Kurichan、2007年4月11日 - )は、日本の競走馬、種牡馬[1]。主な勝ち鞍は2012年の七夕賞、2013年のアルゼンチン共和国杯。
馬名の意味は冠名(共有)+愛称。
2歳(2009年)
アスカクリチャンは2009年9月6日、小倉芝1200mの2歳新馬戦で酒井学とのコンビでデビューしたが3着に敗れる[3]。その後5戦出走したが、掲示板には載るものの勝ち切ることができなかった。
3歳(2010年)
年が明けて3歳になったアスカクリチャンだったが、なかなか勝ち切れず、初勝利を挙げたのは5月の新潟芝1600mの3歳未勝利戦だった。デビューから11戦目のことだった。初勝利の後、500万下条件戦を2戦したが、いずれも3着に敗れた。
4歳(2011年)
5月の新潟競馬で復帰したアスカクリチャンは2戦目の松浜特別(500万下)で差し切り勝ちを決め、1年ぶりに勝ち星を挙げた。1年ぶりに勝利したアスカクリチャンは夏になると新潟で2戦し、村上特別(500万下)、月岡温泉特別(1000万下)を連勝した。その後、アスカクリチャンは清水ステークス5着、紅葉ステークス2着と1600万下条件戦で好走すると、12月の阪神で行われたゴールデンホイップトロフィー(1600万下)で勝利[4]し、オープン入りを果たした。
5歳(2012年)
オープン入りしたアスカクリチャンは京都金杯6着、東京新聞杯10着と重賞の壁に跳ね返され、一旦夏まで休養することになった。夏に復帰すると、7月の福島で行われた七夕賞では14番人気と低評価だったが、1番人気のトーセンラーの追撃を振り切り、重賞初制覇を果たした[5]。
重賞初制覇を果たしたアスカクリチャンだったが、その後は小倉記念6着、新潟記念3着、福島記念10着、金鯱賞7着といまいちな成績で終わった。
6歳(2013年)
4月に休養から復帰したアスカクリチャンだったが、産経大阪杯は7着、読売マイラーズカップは11着、新潟大賞典は8着と春シーズンは不振から抜け出せなかった。抜け出すきっかけになったのは7月の函館記念。ここで3着になると、札幌記念2着、オールカマー5着と好走。そして、オープン特別のアイルランドトロフィーで4着になったアスカクリチャンは11月の東京で行われたアルゼンチン共和国杯で直線で鋭く抜け出し重賞2勝目を飾った[6]。
重賞2勝目を飾ったアスカクリチャンは香港へ遠征し、香港ヴァーズに出走したが7着に終わった[7]。
7歳(2014年)
同年は日経賞から復帰したが8着に終わった。その後、天皇賞(春)18着、目黒記念10着、函館記念11着と二桁着順が続いた。不振から抜け出すためにダートの重賞エルムステークスを使ったが12着に敗れた。
そして新潟記念6着、オールカマー12着と2戦使って迎えた天皇賞(秋)では、優勝したスピルバーグから4秒2、17着のトーセンジョーダンからも3秒2も離された18着に敗れた。ゴール後、騎乗していた三浦皇成が異変を感じ、すぐに下馬。診療所で診察した結果、レース中に左後肢の繋靱帯断裂を発症していたことが判明。競走能力喪失と診断され、事実上引退が決まり、11月12日付で競走馬登録を抹消された[8]。
引退後
引退後はまず繋靱帯断裂の治療に専念し、回復後は白馬牧場にて父スターリングローズの唯一の後継として種牡馬となった[9]。
累計出走頭数15頭と、決して多くない産駒の中から2頭の勝ち馬を出し[10]、そのうちの一頭であるクリノドラゴンが2022年の浦和記念を勝ち、産駒の重賞初制覇となった。