アルカング (競走馬)
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| アルカング | ||||||||||||||||||
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| 欧字表記 | Arcangues | |||||||||||||||||
| 品種 | サラブレッド | |||||||||||||||||
| 性別 | 牡 | |||||||||||||||||
| 毛色 | 栗毛 | |||||||||||||||||
| 生誕 | 1988年3月12日 | |||||||||||||||||
| 死没 | 2006年10月??日(18歳没) | |||||||||||||||||
| 父 | Sagace | |||||||||||||||||
| 母 | Albertine | |||||||||||||||||
| 母の父 | Irish River | |||||||||||||||||
| 生国 |
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| 生産者 | Allez France Stables | |||||||||||||||||
| 馬主 | ダニエル・ウィルデンシュタイン | |||||||||||||||||
| 調教師 |
アンドレ・ファーブル( →Richard E. Mandella( | |||||||||||||||||
| 競走成績 | ||||||||||||||||||
| 生涯成績 | 19戦6勝 | |||||||||||||||||
| 獲得賞金 | $1,981,423 | |||||||||||||||||
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アルカング(欧字名:Arcangues、1988年 - 2006年)はアメリカ合衆国生産、フランス調教の競走馬・種牡馬。主な勝ち鞍は1993年のイスパーン賞、ブリーダーズカップ・クラシック。
ダニエル・ウィルデンシュタインによって生産された1984年の凱旋門賞馬サガスの産駒として、フランスのピレネー=アトランティック県のコミューンであるアルカングに因んで命名された[1]。
戦績
1990年11月にフランスのサンクルー競馬場でデビューしたが19頭立ての最下位19着に終わった。
3歳となった1991年6月に初勝利を挙げると、次走のウジェーヌアダム賞(G2)は勝利したもののギヨームドルナノ賞(G2)は2着、ニエル賞(G2)は3着、コンセイユドパリ賞(G2)も3着と勝ちきれずに終わった。
4歳初戦のアルクール賞(G2)は6着に終わったが、イスパーン賞(G1)はクビ差の2着と健闘。
続いてイギリスで行われるエクリプスステークス(G1)に遠征したが8着。
プランスドランジュ賞(G3)は6馬身差の圧勝であったが、凱旋門賞(G1)では7着。
5歳初戦となる5月のガネー賞(G1)は7着に終わったが、同月のイスパーン賞(G1)ではミシルに勝利してG1初制覇。
続いてエクリプスステークス(G1)に再び遠征したが6着、ドラール賞(G2)も4着となった。
アルカングはヨーロッパの芝の競走にしか出走していなかったものの、1993年にサンタアニタパーク競馬場で行われたブリーダーズカップ・クラシックに出走してダートに初挑戦することとなった[1]。イスパーン賞など重賞を3勝していたにもかかわらず、ブリーダーズカップのメインレースである同レースではアルカングに134.6倍のオッズがついた[2]。ジェリー・ベイリー騎手を鞍上に迎えたレースでは、終盤にバートランドを捉えて2馬身差付け、ブリーダーズカップ史上最大の番狂わせと呼ばれる勝利を収めた。アルカングの馬主であるウィルデンシュタインは、156万ドルの賞金を獲得した。
勝利後もアメリカに留まってリチャード・マンデラ厩舎に移籍。6歳となった翌1994年は3回出走して芝のジョンヘンリーハンデキャップ(G2)を勝利した一方、続く芝のハリウッドターフハンデキャップ(G1)では5着、ダートのハリウッドゴールドカップ(G1)でも5着に終わった。
競走成績
以下の内容は、Equibase[3]、Racing Post[4]の情報に基づく。
| 出走日 | 競馬場 | 競走名 | 格 | 距離 | 着順 | 騎手 | 着差 | 1着(2着)馬 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1990.11.13 | サンクルー | アダリス賞 | 芝2000m | 19着 | D. ブフ | Gilty | ||
| 1991.6.22 | ロンシャン | プレカトラン賞 | 芝1700m | 1着 | D. ブフ | 1/2馬身 | (Michel Georges) | |
| 7.14 | ドーヴィル | ウジェーヌアダム賞 | G2 | 芝2000m | 1着 | T. ジャルネ | 3/4馬身 | (Fortune's Wheel) |
| 8.15 | ロンシャン | ギヨームドルナノ賞 | G2 | 芝2000m | 2着 | T. ジャルネ | 短クビ | Gilty |
| 9.15 | ロンシャン | ニエル賞 | G2 | 芝2400m | 3着 | P. J. エデリー | 3/4馬身 | Subotica |
| 10.20 | ロンシャン | コンセイユドパリ賞 | G2 | 芝2400m | 3着 | T. ジャルネ | 2馬身 | Sleeping Car |
| 1992.4.5 | ロンシャン | アルクール賞 | G2 | 芝2000m | 6着 | T. ジャルネ | 4馬身 | Fortune's Wheel |
| 5.31 | ロンシャン | イスパーン賞 | G1 | 芝1850m | 2着 | T. ジャルネ | クビ | Zoman |
| 7.4 | サンダウン | エクリプスステークス | G1 | 芝10f7y | 8着 | T. ジャルネ | 5馬身 | Kooyonga |
| 9.20 | ロンシャン | プランスドランジュ賞 | G3 | 芝2000m | 1着 | T. ジャルネ | 6馬身 | (Prince Polino) |
| 10.4 | ロンシャン | 凱旋門賞 | G1 | 芝2400m | 7着 | G. モッセ | 6馬身 | Subotica |
| 1993.5.2 | ロンシャン | ガネー賞 | G1 | 芝2100m | 7着 | T. ジャルネ | 13馬身 | Vert Amande |
| 5.30 | ロンシャン | イスパーン賞 | G1 | 芝1850m | 1着 | T. ジャルネ | 1馬身1/2 | (Misil) |
| 7.3 | サンダウン | エクリプスステークス | G1 | 芝10f7y | 6着 | T. ジャルネ | 5馬身 | Opera House |
| 10.2 | ロンシャン | ドラール賞 | G2 | 芝1800m | 4着 | T. ジャルネ | 10馬身 | Knifebox |
| 11.6 | サンタアニタパーク | ブリーダーズカップ・クラシック | G1 | ダ10f | 1着 | J. ベイリー | 2馬身 | (Bertrando) |
| 1994.5.1 | ハリウッドパーク | ジョンヘンリーハンデキャップ | G2 | 芝9f | 1着 | E. デラフーセイ | 1/2馬身 | (Misil) |
| 5.30 | ハリウッドパーク | ハリウッドターフハンデキャップ | G1 | 芝10f | 5着 | E. デラフーセイ | 9馬身1/4 | Grand Flotilla |
| 7.4 | ハリウッドパーク | ハリウッドゴールドカップ | G1 | ダ10f | 5着 | J. ベイリー | 10馬身3/4 | Slew of Damscus |
種牡馬時代
アルカングは引退後の1995年から北海道三石町(現在の新ひだか町)の中村畜産で供用された[5]。初年度は種付け料180万円で79頭の牝馬を集めたが、6年目には24頭、7年目には7頭まで減少、8年目には47頭を集めたものの、10年目には9頭にまで再び減少した。
2005年には青森県階上町の競馬牧場に移動して無料で供用されていたが、2006年の春に蹄葉炎のために種牡馬を引退した。2009年3月には、アルカングが2006年10月に安楽死となったことが報告された[6]。
主な産駒
グレード制重賞優勝馬
- 1996年産
- アルアラン(2002年オグリキャップ記念、ブリーダーズゴールドカップ)
地方重賞優勝馬
- 1996年産
- ハイテンションパル(1998年新潟ジュニアカップ、東北サラブレッド3歳チャンピオン、1999年新潟皐月賞、新潟ダービー、2000年若草賞、2002年新世紀盃)