カルメル山の聖母と煉獄の魂
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| イタリア語: Vergine del Carmelo con le anime del purgatorio 英語: The Madonna of Carmel and the Souls of the Purgatory | |
| 作者 | ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ |
|---|---|
| 製作年 | 1745年 |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 210 cm × 650 cm (83 in × 260 in) |
| 所蔵 | ブレラ美術館、ミラノ |
『カルメル山の聖母と煉獄の魂』(カルメルやまのせいぼとれんごくのたましい、伊: Vergine del Carmelo con le anime del purgatorio, 英: The Madonna of Carmel and the Souls of the Purgatory)[1][2]、正式には、『カルメル山の聖母と聖シモン・ストック、アビラの聖テレサ、ヴェルチェッリの聖アルベルト、預言者エリヤと煉獄の魂』(カルメルやまのせいぼとせいシモン・ストック、アビラのせいテレサ、ヴェルチェッリのせいアルベルト、よげんしゃエリヤとれんごくのたましい、伊: La Madonna del Carmelo fra i Santi Simone Stock, Teresa d’Avila, Alberto di Vercelli, il profeta Elia e le anime del Purgatorio, 英: Our Lady of Mount Carmel with St. Simon Stock, St.Teresa of Avila, St. Albert of Vercelli, the Prophet Elijah and the Souls in Purgatory)[3]は、イタリアのロココ期の巨匠ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロが1745年にキャンバス上に油彩で制作した絵画である。作品は1925年にキエーザ (Chiesa) 家から寄贈されて以来、ミラノのブレラ美術館に所蔵されている[1][2][3]。

この絵画は本来、ヴェネツィアのサンタポリナーレ教会内のカルメル信心会礼拝堂に掛けられていた[1][2][3]。しかし、ナポレオン戦争中にサンタポリナーレ教会が閉鎖された後[2]、絵画はフランスに持ち去られた[2][3]。パリへの道中で、絵画は最初の損傷を受け、1880年には2つに切断された状態で発見されている。1925年にキエーザ家がその状態で絵画を購入し、同年、ブレラ美術館に寄贈した[1][2][3]。1948年になってようやく2つの部分はつなぎ合わされ[3]、1950年に修復が行われた結果、絵画は本来の状態に戻された[2]。1994年には、新たな修復がなされている[3]。
作品
カルメル会の創始者シモン・ストックは魂の救済の象徴としてスカプラリオ (肩衣) に対する信仰を奨励したが、本作に描かれているのは、彼が聖母マリアからスカプラリオを授けられている場面である[1]。ティエポロの本作は、同時代の画家ジョヴァンニ・バッティスタ・ピアッツェッタの様式から影響を受けているとされる。その一方で、ティエポロは、16世紀ヴェネツィア派の巨匠パオロ・ヴェロネーゼの『聖母子と聖ヨセフ、ユスティナ、アッシジのフランチェスコ、幼児洗礼者ヨハネ、ヒエロニムス』(別名『聖ザカリア祭壇画』、アカデミア美術館 (ヴェネツィア))などの偉大な作品から諸要素を借用しているように思われる[1][2]。