ジャガー・R2
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コンストラクター
ジャガー
デザイナー
ゲイリー・アンダーソン
スティーブ・ニコルズ
(Technical Director)
ジョン・ラッセル
(Chief Designer)
マーク・ハンフォード
(Head of Aerodynamics)
スティーブ・ニコルズ
(Technical Director)
ジョン・ラッセル
(Chief Designer)
マーク・ハンフォード
(Head of Aerodynamics)
先代
ジャガー・R1
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ペドロ・デ・ラ・ロサがドライブするR2(カナダGP) | |||||||||
| カテゴリー | F1 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| コンストラクター | ジャガー | ||||||||
| デザイナー |
ゲイリー・アンダーソン スティーブ・ニコルズ (Technical Director) ジョン・ラッセル (Chief Designer) マーク・ハンフォード (Head of Aerodynamics) | ||||||||
| 先代 | ジャガー・R1 | ||||||||
| 後継 | ジャガー・R3 | ||||||||
| 主要諸元 | |||||||||
| シャシー | カーボンファイバー モノコック | ||||||||
| サスペンション(前) | ダブルウィッシュボーン, プッシュロッド, トーションバー, | ||||||||
| サスペンション(後) | ダブルウィッシュボーン, プッシュロッド, トーションバー, | ||||||||
| エンジン | コスワース CR3 2,998 cc (182.9 cu in) 72度, V10 NA | ||||||||
| トランスミッション | ジャガー製 7速 縦置き セミAT シーケンシャル | ||||||||
| 燃料 | テキサコ | ||||||||
| タイヤ | ミシュラン | ||||||||
| 主要成績 | |||||||||
| チーム | ジャガー・レーシング | ||||||||
| ドライバー |
18. 19. 19. | ||||||||
| コンストラクターズタイトル | 0 | ||||||||
| ドライバーズタイトル | 0 | ||||||||
| 初戦 | 2001年オーストラリアグランプリ | ||||||||
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ジャガー・R2 (Jaguar R2) は、ジャガー・レーシングが2001年のF1世界選手権参戦用に開発し投入したフォーミュラ1カー。
前年のR1の不振によりテクニカルディレクターのゲイリー・アンダーソンが解任され、2000年末に加入したスティーブ・ニコルズが後を受け継いだ。
ドライバーはチーム2年目になるエディ・アーバインと、2000年オーストリアグランプリでアーバインの代役を務めたルチアーノ・ブルティがドライブした。しかしながらブルティは4戦を走ったのみでペドロ・デ・ラ・ロサと交代した。

ジャガーチームにとってデビューイヤーの2000年シーズンは4ポイントしか獲得できず、2001年シーズンは強化の年となった。R2は前年のR1よりも保守的な設計となり信頼性も向上した。モナコGPではアーバインがチーム初の3位表彰台を獲得。これを含め4戦で入賞し、最終的に9ポイントを得て、コンストラクターズランキング8位でシーズンを終えた。
チームは契約関係でシーズン中の注目を集めることとなった。マクラーレンのテクニカル・ディレクター、エイドリアン・ニューウェイがチームとの契約を交わしたが、すぐに翻意し移籍を取りやめることとなった。この契約はジャガーのチーム代表であったボビー・レイホールが取り決めたものであった。また、アーバインをジョーダンに譲るという契約も失敗に終わり、レイホールはチームを離脱することとなる。後任のチーム代表にはニキ・ラウダが着任した。