ジョー・パニック
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サンフランシスコ・ジャイアンツでの現役時代 (2016年9月16日) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | ニューヨーク州ヨンカーズ |
| 生年月日 | 1990年10月30日(35歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 190 lb =約86.2 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 二塁手 |
| プロ入り | 2011年 MLBドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2014年6月21日 |
| 最終出場 | 2021年9月30日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジョゼフ・マシュー・パニック(Joseph Matthew Panik, 1990年10月30日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ヨンカーズ出身の元プロ野球選手(二塁手)。右投左打。
プロ入りとジャイアンツ時代
2011年のMLBドラフト1巡目(全体29位)でサンフランシスコ・ジャイアンツから指名され、6月11日に契約。契約後、A-級セイラム=カイザー・ボルケーノズでプロデビュー。69試合に出場して打率.341、6本塁打、54打点、13盗塁を記録した。
2012年はA+級サンノゼ・ジャイアンツでプレーし、130試合に出場して打率.297、7本塁打、76打点、10盗塁を記録した。
2013年はAA級リッチモンド・フライングスクウォーレルズでプレーし、137試合に出場して打率.257、4本塁打、57打点、10盗塁を記録した。
2014年はAAA級フレズノ・グリズリーズで開幕を迎え、74試合に出場。打率.321、5本塁打、45打点、3盗塁を記録した。6月21日にジャイアンツとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[1]。同日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦でメジャーデビュー。8回表に代打として出場し、四球だった[2]。6月22日の同カードでは「7番・二塁手」で先発起用され、5回表の第2打席目にマイク・ボルシンガーからメジャー初安打となる左中間への単打を放った[3]。メジャー昇格後は二塁のレギュラーに固定され、昇格直後こそヒットが出なかったものの、8月に入ってから一気に調子を上げ、連日安打を放つ[4]。最終的に打率.305をマークし、チームのプレーオフ進出に貢献した。
2015年は開幕ロースター入りを果たし、前年同様二塁の定位置を確保した。打率は3割台をキープし、オールスターにも選出されたが、8月3日に腰痛で15日間の故障者リスト入りとなった[5]。9月7日に故障者リストから復帰した[6]が、3試合の出場後に再び腰痛で欠場が続き[7]、9月16日に60日間の故障者リスト入りし[8]、そのままシーズンを終えた。この年は100試合に出場して打率.312、8本塁打、37打点、3盗塁を記録した。
2016年は127試合に出場し、打率は.239と悪化したが、10本塁打、62打点を記録した。オフにゴールドグラブ賞を二塁手部門で初受賞した。
2019年8月6日にDFAとなり[9]、翌7日にFAとなった[10]。
メッツ時代
2019年8月9日にニューヨーク・メッツとメジャー契約を結んだ[11]。オフの10月31日にFAとなった[10]。
ブルージェイズ時代
2020年1月20日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[12]。3月15日にメジャー契約を結んで40人枠入りした[10]。オフの10月28日にFAとなった[13]。
2021年2月12日にブルージェイズとマイナー契約で再契約を結んだ[14]。シーズン開幕日の4月1日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[15]。5月7日に左腓腹筋の張りで故障者リスト入りした[16]。
マーリンズ時代
2021年6月29日にコーリー・ディッカーソン、アダム・シンバー、金銭とのトレードで、アンドリュー・マッキンベールと共にマイアミ・マーリンズへ移籍した[17]。10月1日にDFAとなり、4日にFAとなった[10]。
選手としての特徴
三振がとても少ない打者で、1三振に要する打数が2016年は9.9、2017年は9.5と共にで両リーグ1位、キャリア通算でも9を超えている。