ジルザル

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ジルザル
マナ・アル・マクトゥームの勝負服
欧字表記 Zilzal[1][2]
品種 サラブレッド[1][2]
性別 [1][2]
毛色 栗毛[1][2]
生誕 1986年3月31日[1][2]
死没 2015年8月[3]
Nureyev[1][2]
French Charmer[1][2]
母の父 Le Fabuleux[1][2]
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ケンタッキー州[2][4]
生産者 Kentucky Select Bloodstock I[1]
馬主 マナ・アル・マクトゥーム[1]
調教師 マイケル・スタウトニューマーケット[1]
競走成績
生涯成績 6戦5勝[1][2]
獲得賞金 39万7607ポンド[1]
勝ち鞍
GIサセックスステークス1989年
GIクイーンエリザベス2世ステークス1989年
GIIIジャージーステークス1989年
GIIIクライテリオンステークス1989年
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ジルザル(Zilzal)[2]とはアメリカ合衆国生産、イギリス調教の競走馬種牡馬。主な勝ち鞍に1989年サセックスステークスクイーンエリザベス2世ステークスなど。

  • 特記事項なき場合、本節の出典はRacing Post[1]

1989年5月30日、レスター競馬場英語版でのメイドン競走でデビューし、2着馬に10馬身差をつけて初勝利を挙げた。続くジャージーステークスを4馬身差で制し、7月ニューマーケット競馬場のG3競走クリテリオンステークス英語版も2着ラシアンボンドに5馬身差をつけて重賞競走を連勝。グッドウッド競馬場でのサセックスステークスマークオブディスティンクションウォーニングシャーディーなどのメンバーを打ち破り、さらに1分36秒77のレコードタイムでG1競走制覇を成し遂げた[5]。9月のクイーンエリザベス2世ステークスでは、同い年の近親馬ポリッシュプレセデントを3馬身差退け、G1競走2勝目を挙げた。その後、アメリカ合衆国に遠征してブリーダーズカップ・マイルに出走もスタインレン英語版の6着に終わり、これが最後の競馬となった。1989年の、イギリスにおける年度代表馬選考では2000ギニーステークスダービーステークスの二冠馬ナシュワンをおさえて年度代表馬と最優秀3歳馬に選出された[3][6]

競走生活

以下の内容は、Racing Post[1]の情報および記載法に基づく。

出走日競馬場競走名距離(馬場)頭数枠番
(Draw)
馬番
(horse No.)
着順騎手斤量(st./lb./kg換算)タイム着差勝ち馬/(2着)馬
1989.5.30 レスター メイドン競走 芝7f(GF) 10 8 1着 W. スウィンバーン 8-11(123/55.5) 1:25.80 10馬身 (Mbulwa)
6.21 アスコット ジャージーS G3 芝7f(Fm) 12 6 1着 W. スウィンバーン 8-10(122/55.5) 1:26.30 4馬身 (Russian Royal)
7.1 ニューマーケット クライテリオンS G3 芝7f(Gd) 4 1 1着 W. スウィンバーン 8-10(122/55.5) 1:25.95 5馬身 (Russian Bond)
7.26 グッドウッド サセックスS G1 芝1m(Fm) 8 1 1着 W. スウィンバーン 8-10(122/55.5) 1:36.77 3馬身 (Green Line Express)
9.30 アスコット クイーンエリザベス2世S G1 芝1m(GF) 5 5 1着 W. スウィンバーン 8-11(123/55.5) 1:40.57 3馬身 Polish Precedent
11.4 ガルフストリームパーク ブリーダーズカップ・マイル G1 芝8f(Fm) 11 6着 W. スウィンバーン 8-11(123/55.5) (4馬身3/4) Steinlen
  • 馬場状態: Fm=Firm, GF=Good to Firm, Gd=Good

引退後

1990年から生まれ故郷のアメリカ合衆国へ戻り、ケンタッキー州ゲインズボロー牧場英語版で種牡馬となった[3]。しかしゲインズボロー牧場時代は生殖能力に問題があって受胎率は50パーセントにも届かず、1996年からはニューマーケットのランウェイズスタッドへ移動し、受胎率も向上した[3]。その後は2005年まで種牡馬として繋養され、種牡馬生活を引退した後はアストンアップソープ牧場に移動して余生を過ごし、2015年8月に老衰のため安楽死の措置が取られた[3]

おもな産駒

母の父としてのおもな産駒

血統表

脚注

外部リンク

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